【堀江宏樹の歴史の窓から】

フジ『大奥』、家基少年の溺死シーンは史実ガン無視! 定信が懐柔した猿吉に殺人は「無理」なワケ

2024/03/21 17:00
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)
倫子を熱演している小芝風花(写真:サイゾーウーマン)

今期放送中の『大奥』(フジテレビ系)。同シリーズの熱心なファンである歴史エッセイスト・堀江宏樹氏によれば、今作は歴史改変だらけとのこと。最終回目前に、史実的に問題があるトピックを解説します。

目次

最終回で登場する「浅光院」とは?
「五菜」は史実的に殺人などとても無理
史実では、お品の方が産んだ貞次郎が亡くなっていた

最終回で登場する「浅光院」とは?

 今期のドラマ『大奥』ではナレーションを務めていた浅野ゆう子さんが、浅光院(せんこういん)なる人物として最終回に顔出し登場するそうです。「物語の終盤に登場する重要な役どころ」とだけ明かされていますが、浅光院はドラマオリジナルキャラだと思われます。「浅」野ゆう子さんだから「浅」光院なのでしょうか……。

 この時代、●●院など、院号つきの法名(もしくは戒名)を得られるのは、高貴な身分の男女に限定されており、ナレーション=浅光院と考えれば、つねに五十宮倫子は「姫さま」と呼ばれていたため、幼いころから倫子をよく知る公家の女性というような立ち位置となりそうです。もちろん、史実では五十宮倫子は明和8年(1771年)8月20日、35歳の若さで亡くなっているので、それよりは年配になった倫子を描くつもりらしいドラマは、最後の最後まで史実ガン無視だということになりますね。

 最終回目前ですから、今回はこのままノータッチで終わると問題があるトピックについて、駆け込みで取り上げていこうと思います。

五菜は史実的に殺人などとても無理

 『大奥』の第9話、本多力さん演じる猿吉が目立ちましたね。

 もちろん舘様ことSnow Man・宮舘涼太さん演じる「サイコパス定信」も絶好調。映るたび、顔面から歌舞伎俳優のような圧を感じてシビれました。真っ昼間の野外で倫子に告白して抱きついたり、やりたい放題で、まさに無双。

 その定信がホームレス同様の猿吉を道端で拾い、親がいない子どもたち同様、オニギリで懐柔してしまう様子が描かれた過去映像まで出てきました。あの子たちも今頃、定信のいいコマとして使い捨てされているのでしょうか……。

 ただ、定信にもまっとうな志があったのだと信じるには、昆虫の羽根をむしりとって「もう逃げられなくしたよ」と倫子に見せていた少年時代の姿も以前に登場していますから、いまさら「実は良い人」アピールにはあぜんとしてしまいました。

 定信についてはさんざんお話ししたので、今回は猿吉がしている五菜(ごさい)の史実の姿を探ります。

 五菜とは大奥に実在した、雑用係の男性の名称です。ドラマではお品や倫子に雇われている五菜という設定の猿吉でしたが、史実の五菜たちは、高位の奥女中に私的に雇用されることもあったものの、ふだんは通用口のそばに同僚たちと常駐しており、そこに奥女中たちが訪れ、江戸城の外での用事や買い物などの代行をお願いするのでした。奥女中の給金は米で支払われましたが、米屋にその米を持ち込んで精米させるのも五菜の仕事だったそうですよ。

 彼らへの謝礼を含めた支払いは月末にまとめて行われたのですが、奥女中の世間知らずをいいことに、詐欺のような高い値段をふっかけて稼ぐ五菜たちもいたようです。それでも史実の五菜は「伊賀者」こと警護担当員が管理・監督しており、もちろんドラマの猿吉のように大奥内に侵入したり、自由にウロウロすることはできません。殺人などはとても無理だったはずです。

史実では、家基ではなくお品の方が産んだ貞次郎が亡くなっていた

 ドラマではそんな猿吉に溺死させられてしまった家基少年ですが、例によって史実無視です。彼の本当の死に様についても触れておきましょう。

 史実の家基は早くから政治に関心を示し、田沼意次の金権政治に懐疑的な目を向け始めていたそうです。しかし、数え年18歳を迎えたばかりの家基は、安永8年(1779年)2月21日、現在の東京・品川あたりまで鷹狩に出かけていた中で激しい腹痛を訴えて突然、倒れてしまいました。

 御典医(将軍家に使える医師)・池原雲伯の処方する薬湯を飲んでも痛みは消えず、帰りの駕籠の中からものすごいうめき声が聞こえるほどだったとか……。

 江戸城に帰りついた家基ですが、御典医の手には終えないと診断されてしまいした。彼の父・家治にとって家基は最後まで残った実子であり、世継ぎでもあったので、ショックが大きかったと思いますよ。

 一説に猛毒を持つとされるハンミョウという昆虫の毒が家基には御典医の手で盛られたともいわれますが、根拠はありません。そして急な発病から2日後の23日、家基は本当に亡くなってしまいました。

 史実では、お品の方が産んだ家基の弟・貞次郎が生後3カ月ほどで亡くなっていますから、ドラマでの家基の早すぎた死は、夭折した貞次郎の姿を重ね合わせたものだったのでしょうか。

 ただ、実在の歴史上の人物を使って、ここまで史実性がない荒唐無稽な話を組み立てるのは、あまりいいことだとは思えません。次回も御台所・倫子の触れそびれていた史実についてお話ししようと思います。


堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

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Twitter:@horiehiroki

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最終更新:2024/03/21 17:00
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