『大奥』歴史エッセイストが解説

フジテレビ『大奥』は“凄み”が足りない! 2003年度版、浅野ゆう子「瀧山」の業深さはどこへ

2024/02/16 16:00
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)
ヒロインを好演している小芝風花(C)サイゾーウーマン

1月18日に放送が始まった『大奥』(フジテレビ系)。小芝風花がヒロインを務め、KAT-TUN・亀梨和也やSnow Man・宮舘涼太も出演することで話題を集めていたものの、いざ始まると評判は芳しくない様子。同シリーズの熱心なファンである歴史エッセイスト・堀江宏樹氏から見た、今作のよろしくないポイントとは?

目次

23年版『大奥』は「なにかが足りない」
「凄み」のある女中役がいない
歴史の面白さのツボを外している

23年版『大奥』は「なにかが足りない」

 『大奥』の評判がよろしくないようですね。徳川家治役の亀梨和也さん、五十宮倫子役の小芝風花さん、ともにお美しく、脚本から求められているそれぞれの役割を十分に果たしておられるとは思うのです。

 しかし、今回の『大奥』を見ていて、筆者のような古参の『大奥』シリーズのファンはもちろん、キャストの誰かのファンで、今回から初めてフジテレビ版『大奥』に接したという方も「なにかが足りない」と感じる方のほうが多いのではないでしょうか。

 そういう物足りなさの原因は、ドラマに「背骨」が通っていないからでしょう。今回のお話を現代劇――例えば、架空の大企業の創業家にお嫁入りした女性の立場でやるのであればよいかもしれませんが、わざわざ時代劇もしくは歴史ドラマ『大奥』でやる意味が感じにくいのです。

 まず指摘したいのは、キャラの設定面で感じる不満です。

 既存の小説や漫画といった原作を持たないフジテレビ版『大奥』にとって、実質的な原作とは史実であるべきではないでしょうか。しかし、本来ならば皇族の五十宮倫子を「公家の娘」とする設定など、史実を恣意的に書き換えた部分があまりに多く、それがドラマにプラスに働いていれば文句もないのですが、少なくとも第3話まで視聴した限り、うまく作用していないと感じるのです。

大奥で生き抜いた「凄み」のある女中役がいない

 本作の弱みとしては、『大奥』にしては、画面があまりに明るく、きれいで、ライトすぎるのが気になってしまいます。たんなる照明の問題だけではありません。従来の『大奥』の魅力を支えてきたのは、以前のシリーズで、瀧山役などイケズな大物女中として登場しつづけた浅野ゆう子さんなど、「女の牢獄」大奥の業深さを体現するような熟女枠のキャラなのですが、今作にはそういう女中が皆無なので画面に重々しさがないのです。

 本作にも浅野さんはナレーターとして参加しているものの、物足りない……。浅野さんが瀧山役を演じはじめたのが2003年のこと。浅野ゆう子さん演じる瀧山は、文字通り「お局さま」として描かれ、13代将軍・徳川家定(北村一輝さん)に実は恋しているのですが、立場上、その恋の成就が許されない悲しい女性として描かれました。

 浅野さん演じる瀧山からは、苦労の末、大奥で得た高い地位が彼女に与えた高貴さだけでなく、歪んだキャリアガールとして何十年も生き抜かざるをえなかった女性特有の凄みや悲しみがあったのですが、23年版の『大奥』には、瀧山のような立ち位置の女性は誰もいません。

 また、03年版の『大奥』では、(故)野際陽子さんも、14代将軍・家茂の生母役・実成院として登場しました。年若い愛息子・家茂に性教育を与える役割の女性を、吹き矢(!)で決めようとして、若い女中たちをパニックに陥らせるなど忘れられない名シーン(迷シーン?)を残しました。そういう不条理がまかり通る「女の牢獄」大奥で長年サバイブしてきた者の風格を感じさせるキャラが本作にはいないのです。

 山村紅葉さんはちょい役にすぎませんし、ストーリーに絡んでくる重鎮奥女中としては、栗山千明さん演じる松島、そして松島のライバルとして、田中道子さんが演じる高岳の二名がいるだけ。そしてどちらも、良くも悪くも、お若い印象なんですね。

 お二方とも熱演で、所作も美しいのですが、キャラ設定が旧シリーズにくらべると浅い。第3話が終わった時点では、全ての設定が明るみに出てはいないのでしょうが、非常にライトな印象です。これは女優さんの問題というより、制作側の設定の甘さでしょう。かつての瀧山のように、そのバックグラウンドが公表される前から、視聴者を黙らせてしまうだけの凄みや存在感に欠けてしまっているキャラばかりなのです。

歴史の面白さのツボを外している

『大奥』の世界観では見せられない表情(写真:サイゾーウーマン)

 そして、なにより大変な問題だと感じるのは、史実の改変が多すぎる点です。それが歴史フィクションドラマとして、なんらかの魅力になっていればいいのですが、史実通りにやったほうがよほどドラマとして業深く仕上げられ、面白いと感じてしまうので、ひたすらに残念なのです。歴史の面白さのツボを外したものを見せられている、という感じでしょうか。

 たとえば第3話では、「子どもなどいらぬ」と口走る家治の「過去」が明かされました。ドラマの家定には、あるトラウマがありました。父・家重の命令で、母親が座敷牢に飲まず食わずで監禁され、家治が祖父・吉宗に泣きついてなんとか助けられたものの、母親はその後、死亡してしまったのだそうです。

 しかし、史実はドラマよりも、さらにドロドロとしていました。家重は、家治の母親ことお幸の方を寵愛していましたが、ある時から、(一説には)吉原遊郭の名店・三浦屋の店主の娘だったお逸の方を側室としました。吉原仕込の手練手管で家重を翻弄したお逸のほかにも、家重が手出しした側室未満の女性はたくさんおり、ある女性との密会現場にお幸の方は踏み込み、「そんなにセックスしたら体に触る!」と母親ヅラで注意したので、キレてしまった家重から座敷牢に放り込まれたのです。

 ドラマも史実もどっちもどっちという話なのですが、史実のほうがいかにも大奥っぽくて、それに演出をくわえたものを再現映像にしたほうがよほど盛り上がった気がしませんか? 少なくとも筆者は「血を分けた父母のいがみ合いを見せられたワシは夫婦(めおと)なぞ信じられなくなり……」とアンニュイにつぶやく亀梨さんを見てみたかったです。

 ――というように、今期の『大奥』は史実改変にもあまりセンスが感じられません。次回のコラムからは、ここが変だよ、今年の『大奥』として、史実どおり映像化したほうが面白かったのでは? という部分などをお話ししていきたいと思います。

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

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Twitter:@horiehiroki

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最終更新:2024/03/04 09:17
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