私は元闇金おばさん

闇金の本当にあったコワい話――社員を青ざめさせた、債務者の“呪詛”とは?

2023/06/17 16:00
るり子(ライター)

「長いことお世話になりましたね。おれの人生も終わりです」

「デイリー広告だけど、伊東さん出して」

 午後3時を少し回った頃、中尾社長から電話がかかってきました。すでに銀行の営業時間は終わっており、その口調から、最悪の事態を迎えただろうことが容易に想像できます。少し面倒くさそうな顔をした伊東部長が、スピーカー機能をオンにして電話を受けると、中尾社長が嫌味たっぷりな口調で言いました。

「伊東さん、長いことお世話になりましたね。今日は助けてほしかったけど、結局、不渡を出しちゃったから、おれの人生も終わりです」
「社長、不渡出しちゃったの? 参ったなあ。クラウンは、どうするのよ? あと50万で出せるよ」
「伊東さん。私は、あんたのことを一生恨みますよ。今日のことは、絶対に忘れないし、許さないから」
「そんなこと言わないで。とりあえず車だけ出しにきなよ。それでまた、カネ作ればいいじゃない」

 おそらくは中尾社長にかける言葉が見つからなかったのでしょう。憎まれ口を叩いてはいますが、本心ではないようで、少し悲しげな顔で話されていたことを思い出します。

ドゴォン!

 いつもより重く長い1日が終わり、退社前に事務所内のごみを集めていると、目の前にあるホテルのほうから交通事故と思しき大きな衝突音が聞こえました。何事かと、音に反応した佐藤さんがベランダに飛び出して、早速に状況を確認します。すると、少し青ざめた顔をした佐藤さんが、振り返ると同時に声を震わせて言いました。

「部長、飛び降りです。赤いダウンジャケットを着た人が倒れていますけど、まさか違いますよね?」
「おい、ウソだろ」

「死にたい奴は、死なせてやればいいんだ」社長の慰めの言葉

 入れ替わるようにベランダに飛び出して、階下の状況を確認した伊東部長は、すぐエレベーターに乗り込みました。ほかの社員たちと一緒にベランダから首を伸ばせば、取り囲む人たちをかき分けて、倒れている人の傍らに跪いて声をかける伊東部長の姿が見えます。倒れている人の肩に手を置き、祈るようにアゴを引いた伊東部長は、救急車が到着するまで寄り添っていました。しばらくのあいだ警察と話して、まさに苦虫を噛み潰したような顔で事務所に戻ってきた伊東部長が、自嘲気味に吐き捨てます。

「中尾社長だったよ。あれじゃあ、即死だな」
「恨むって、こういう意味で言っていたんですかね?」
「そうだろうな。まさか目の前で飛ばれるとは思わなかったよ。本当に参ったな。もうホテルにも行きたくないよ」

 平静を装いつつも、明らかに動揺している様子の伊東部長を見かねた社長が、慰めの言葉をかけます。

「回収しておいて正解だったな。あまり気にすることないぞ。死にたい奴は、死なせてやればいいんだ」

 社長の言葉を無視して、再度ベランダに出た伊東部長は、しばらくのあいだ中尾社長が倒れていた路上を見つめていました。

 後日、告別式に参加して、心の中で許しを請うたそうです。それから変わることなくホテルを利用し続けた私も、あの現場を通過する度に心の中で手を合わせて、中尾社長のご冥福をお祈りしています。

※本記事は事実をもとに再構成しています

(著=るり子、監修=伊東ゆう)



るり子(ライター)

るり子(ライター)

過去に、都内貸金業者で営業と経理を担当。現在は業界から足を洗いひっそりと暮らしている。

最終更新:2023/07/11 17:47
まさに呪詛……
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