老いゆく親と、どう向き合う?【7回】

60歳で若年性認知症になった母――心中考えた父と娘、関わらない息子【老いてゆく親と向き合う】

2019/06/30 19:00
坂口鈴香

自我があるのかさえもわからない母親

 特養に入る頃は、中野さんや父親のことを理解はしていた母親だが、今は中野さんのことも父親のこともわからない。

「初めて『あなたは誰?』と言われたときは、泣きそうになりました。今はもう『誰?』すらも言えないし、意志の疎通もできません。というより、その前に自我さえないのかもしれません。会うたびに、『母はもういない』という寂しさを感じるので、正直なところあまり会いたくないんです。でも、会いに行かないと親不孝だとも思う。義務感のようなものに縛られているのかな……」

 一方、父親は「寂しい、寂しい」と言いながら、2日に1回は母親のところに行っている。

「父はどんな状態でもいいから母に生きていてほしいと言って、髪をとかしたり、手をつないだり、元気だった頃より母をかわいがっているようです」

 そして、父親は母親を「うらやましい」とも言うのだ。認知症になると、死の恐怖から逃れることができるから――というのが、その理由だ。

 それは、母親が母親でなくなっていく過程を見ながら介護してきた父親だからこそ感じる死の恐怖――自分が自分でなくなるという恐怖を、人一倍感じているということなのかもしれない。確かに、自我があるのかさえもわからない母親は、死の恐怖から超越した世界に住んでいるようにも見える。果たしてそれは、安らぎなのだろうか?

 そして中野さんの家族に加わった新しい命は、父親に安らぎをもたらしてくれるだろうか。

坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。 

【老いゆく親と向き合う】シリーズ

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最終更新:2022/02/04 13:28
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