映画レビュー[親子でもなく姉妹でもなく]

嫌われるのを厭わない女×いい子でいたい若い女――ふたりの女から見る『プラダを着た悪魔』

◎芽生えた尊敬と共感に振り回される
 アンドレアがパリ行きを承諾したのは、表向きはエミリーが怪我をし「仕方なかった」という理由だが、本当はミランダという第一線で闘う年上の猛女に敬愛の念を覚え始め、彼女に付き添いたいとどこかで思っていたからだろう。尊敬する人を立派にアシストしたいという純粋な思いが、彼女の行動原理の中にある。

 パリのホテルの部屋で、二度目の離婚を告白し、娘たちを案じる憔悴したミランダ。見つめるアンドレアの目は、プライベートを犠牲にしても仕事に邁進せざるをえない同じ立場の女性としての、心からのいたわりと共感に満ちている。

 なにかと接近を図ってくるジャーナリストのクリスチャンが「彼女は悪魔」とからかうのに対して、ムキになってミランダを擁護したりもする。彼女は優しい上に、ジャーナリスト志望だけあって正義感の強い人間だ。

 だがその性質が逆説的に、ミランダへの忠誠からアンドレアを醒めさせることになる。自分の立場とこれまでの「ランウェイ」誌の伝統を守るために、ミランダがスタッフ、ナイジェルの独立、出世を封じたとわかったとたん、今度はナイジェルへの同情が勝って、それまでのミランダへの尊敬と理解をひっこめてしまうのだ。

 ミランダの解任の噂を知った時、「ミランダの全人生を奪うなんてひどすぎる」と吐き捨てた彼女なのに、ミランダが全人生を守るためにしたことを容認することができないのだ。

 アンドレアは優しく正義感が強く、仕事上の利益と人情の前に悩む人間だ。それは、彼女がまだ若く純粋な証拠でもある。その純粋さが仕事に賭ける情熱となった時、きっと一皮剥けるだろう。ミランダがアンドレアに向けて言う「あなたは私に似ている」という言葉には、そんな意味も込められていたのではないだろうか。

 だが、ミランダのそれこそ悪魔のように賢い根回しと、仕事のために情を断つ厳しさの前に、生真面目で社会経験の浅いアンドレアは激しく揺れ、逃げ出してしまう。

◎仕事で身を立てる女として……
 アンドレアの味わった失望はわからないではないが、ミランダの寂しさはそれ以上に深かっただろう。そのことを表には出さず、アンドレアの再就職を有利にする「最大級の賛辞」を送る彼女には、反発して離れていった相手であっても共に闘った人間として認め、正当な評価を忘れない先輩職業人としての矜持が感じられる。

 恋人の元に戻って謝るアンドレアの姿に、「ここに着地してしまうのか」という一抹の残念感を覚えた人は少なくないと思う。

 彼女が仕事を通じてオシャレに洗練されていく過程をあんなに生き生きと描いておきながら、この場面では「所詮ファッションなんて取るに足らないこと」との凡庸な定見が感じられるし、「女が仕事にすべてを捧げるのは間違い」と暗に言っているようにも思えてしまう。同じことを男にも言えるのかという話だ。

 念願のジャーナリストという職業に就くアンドレアは、きっとまたいつか、「仕事をするとは人に嫌われること」という真実に真正面から向き合うことになるだろう。志望した業界である以上、言い訳はもう許されないだろう。その時彼女は「ランウェイ」時代以上に苦悩しつつ、「いい子」を脱皮して一回り成長していくのではないだろうか。

 そう、仕事で身を立てたいと熱望する女なら、いずれそれを体験するのよ。今はわからなくてもね。最後のミランダの微笑はそう語っているかのようだ。
(絵・文/大野左紀子)

大野左紀子(おおの・さきこ)
1959年生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻家卒業。2002年までアーティスト活動を行う。現在は名古屋芸術大学、京都造形芸術大学非常勤講師。著書に『アーティスト症候群』(明治書院)『「女」が邪魔をする』(光文社)など。近著は『あなたたちはあちら、わたしはこちら』(大洋図書)。
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最終更新:2016/02/01 11:15
『あなたたちはあちら、わたしはこちら』
なぜ嫌われたくないのか? の自問から自意識が見えてくる

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