[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

『イカゲーム』のイ・ジョンジェ主演! エセ宗教問題を扱ったオカルト・ミステリー『サバハ』に見る韓国人の宗教的心性

2021/10/29 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

『サバハ』に落とし込まれた、韓国新興宗教の特徴とは?

 本作には、キリスト教もまた一つの軸として取り入れられている。チベット仏教の僧に死を予言されたキム・ジェソクが、自らを守るため、弟子たちに女子中学生の連続殺人を教唆するのは、イエスの誕生を恐れていたヘロデ大王が、ベツレヘムの幼い男の子たちを殺したという聖書の記録から取り入れたものだ。

 そしてキム・ジェソクと対峙する双子の姉妹は、旧約聖書の創世記に書かれている双子の兄弟「ヤコブとエサウ」をモチーフにしたキャラクターと思われる。ヤコブがエサウのかかとをつかんだまま生まれたことや、エサウが全身毛だらけだったというのは、グムファと姉の誕生の秘密に盛り込まれている。

 つまり本作は、仏教からキリスト教まであらゆる宗教を混合させてきた韓国の新興宗教の特徴を、作品全体のオカルト的な世界観に落とし込んでいるといえるのだ。

韓国人の意識にある民間信仰「巫俗」

 最後に、映画の冒頭で描かれる巫女による儀式「굿(グッ)」の場面に触れておこう。伝染病により牛が大量死した牛舎の外では、追い出された医者たちが途方に暮れているのに対して、中ではこの不吉な事態を脱しようと、村人たちが呼んだ巫女が熱い儀式を繰り広げている。

 セリフや字幕もない短い場面ではあるが、朝鮮半島で最も古い民間信仰である「巫俗」をシンプルにわかりやすく伝えている。牛の大量死を前に村人たちが頼るのは、現代医学ではなく巫俗である。そこには、病気そのものではなく、病気をもたらす邪悪な何かが存在すると信じてきた、はるか昔からの土着的な宗教の心性が表れている。彼らは、「グッ」を通して邪悪な何かを追い払わない限り、病気を治すことはできないと信じているのだ。

 病気だけではない。日常生活のあらゆる場面、人生の大事な局面では、仏教徒だろうがキリスト教の信者だろうが、宗教に関係なく「巫女の占い」に頼る人が少なくないのは、巫俗への信仰が数千年の時を経て、韓国人の意識のどこかに受け継がれてきているからではないだろうか。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。 

最終更新:2022/11/14 18:01
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