『ザ・ノンフィクション』レビュー

『ザ・ノンフィクション』震災の取材に応じた過去が重荷になる『わすれない 僕らが歩んだ震災の10年<前編>』

2021/03/08 16:36
石徹白未亜(いとしろ・みあ)
『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)公式サイトより

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月7日は「わすれない 僕らが歩んだ震災の10年<前編>」というテーマで放送された。

あらすじ

 2011年3月11日に発生した東日本大震災。そのとき宮城、福島にいた2人の小学生の10年を見つめた、前後編からなる放送の前編。

 1人目は哲也。当時小学5年生で、宮城県石巻市、北上川の真横にある大川小学校で被災した。大川小学校は避難の遅れもあり、全校児童の約7割にあたる74人の子どもと教員10人が犠牲となっている。哲也は山に流され生き残るも、母、妹、祖父を喪い、今は父と祖母と団地に住まいを移して暮らしている。

 哲也のことを「奇跡の子ども」として多くのマスコミが取材し、哲也も被害の状況を知ってもらいたい、という思いで取材を受ける。なお、番組内では大川小学校の子どもで取材に応じていたのは哲也だけ、と伝えられていた。

 カメラの中の哲也は明るい少年で、大川小学校の被災後、20キロ先にある転入先の小学校へ、父親に送られ通っていた。2021年、21歳になった哲也は、番組スタッフに今回で取材は最後にしてほしい、と気を使った様子で切り出した。

 2人目は絵理奈。福島県南相馬市、小高区で暮らしていた。絵理奈の暮らす地域周辺は津波の影響はなかったようで、地震発生直後もクラスの男子が、「遊ぶ約束してたけど、きょう遊べなくねぇ」と話す、どこかのんきな様子だったという。

 しかしその地震で東京電力福島第一、第二原発事故が発生。半径20キロ圏内に避難指示が出て,、小高区は「人が住めない町」になる(現在は解除)。絵理奈は「さよなら」すら言えないまま、同級生たちと離れ離れになってしまう。

 絵理奈一家は、避難所や親戚の家を転々とし、4月に福島県の二本松市に移る。地震から1カ月にして引っ越しは6回目。仲の良い友達もできるが、放射線量についての報道を受け、母親は親戚のいる埼玉へ「子どもだけは」と引っ越しを切り出す。

 地元愛の強い絵理奈は顔を曇らせるも、12年1月、仕事のある父親だけ福島に残り、埼玉へ転居する。絵理奈は「私たちが使っていた電気じゃないのに、なんでそれのためにこんなにいろんなところに行ったりしなきゃいけないのかな」と思いを話す。

 中学校途中からの転居で、うまくなじめないところもあり、高校は父親のもとで福島の高校へ通うことを希望していたが、「お父さんとお母さんが考えてここ(埼玉)に連れてきたのに、そいういうこと(福島への進学)を言うのはやっぱりわがままかなと思ったし」と話し、埼玉の高校に進学、今も埼玉県で暮らしている。

お空から、ちゃんと見ててね。 作文集・東日本大震災遺児たちの10年
彼らの痛みを消費していないか、自問を続けよう

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