老いてゆく親と、どう向き合う?

老人ホームを拒否した娘、認知症の母の“最期”を迎えて――「ホッとした」と職場上司が語る理由

2019/12/22 19:00
坂口鈴香(ライター)

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

「介護施設は虐待が心配――生活が破綻寸前でも母を手放せない娘」で紹介した斎藤雅代さん(仮名・45)の上司、正木俊宏さん(仮名・56)の話を続けよう。正木さんは要介護4の母親を自宅で介護する斎藤さんが、介護離職寸前であることに危機感を抱き、なんとか介護離職を食い止めることができないかと奔走してきた。ところが、「施設に預けるのは、お母さんがかわいそう」という斎藤さんの言葉ですべてがストップし、もはや打つ手はないかと思われたのだが――。
前編はこちら

acworksさんによる写真ACからの写真

介護離職寸前でテレワーク導入に

「私の部のトップ、それから人事にも相談していたんですが、彼女の休みがもうこれ以上取れないというギリギリのところで、テレワークを実験的に導入することが決まったんです」

 もちろん、斎藤さん一人のためというわけではなく、働き方改革の一環として会社がテレワークを検討していたところに、介護離職寸前となった斎藤さんの処遇問題が起こり、実験的に斎藤さんにやってもらえばいいのではないかということで話がまとまったというのだ。

「本当のところ、彼女の業務内容はテレワークになじむものではなかったんですが、逆にテレワークでできる業務を彼女に担当してもらうという、コペルニクス的転回を図ったということなんです。これには私もうなりました。ここまでやるかと、自社を見直しました。我々も若いころは、時間外労働月200時間とかいう無茶苦茶なことをしたものですが、これも時代なんですかねぇ」

 なんともうらやましい話ではないか。正木さんの言葉どおり、ここまでやるかというほどの厚遇ぶりに、「寄らば大樹の陰」ということわざを実感した。これだから、大企業信仰はなくならないのだ。

 ともかく、こうして斎藤さんは週の半分はテレワークを利用することになり、会社と首の皮一枚でつながっていた状況を脱した。

「母が亡くなりました」――正直、ホッとした

 それでも、テレワークだから仕事をしなくて済むというわけではない。通勤時間がかからなくなったということに過ぎない。あとは斎藤さんが会社の厚意にこたえられるか、ということだけが問題だった。

 正木さんは、同じように介護をしている社員や育児中の社員など後に続く社員のためにも、斎藤さんがテレワークを成功させることができるように監督しながらフォローもしていこうと考えていた。その矢先、斎藤さんから連絡が来た。

 「母が亡くなりました」と――。

 「これまで本当にご心配をおかけしました。正木さんはじめ、皆さんには感謝しています」と、電話口で斎藤さんは続けた。前編冒頭の「正直、ホッとした」というのは、正木さんの偽らざる気持ちだ。斎藤さんは、もちろん力を落としてはいたようだが、思ったより元気そうな声だったという。

 これまで、何年も正木さんの提案やアドバイスに、グズグズとはっきりしない態度を取り続けた斎藤さんとは別人のように、モヤが晴れてすっきりしたように思えた、と正木さんはいう。

「もちろんお母さんが亡くなったのは残念なことです。それでも、最期まで自宅でお母さんを看取ることができたという満足感があるのだろうと思いました。もし、これが彼女が望んでいなかった『施設での死』ということだったら、こんなにすっきりはしていなかったんじゃないかとも思いました」

 斎藤さんによかれと思って、施設に入れることを強く勧めてきたけれど、それは間違いだったのではないか――正木さんは、そうも感じている。

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