介護をめぐる親子・家族模様【第5話】

「私のベッドくらい置ける部屋があったわね」母の言葉が聞こえないふりをした


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 すごくよかった、と紹介されていたので、『おかんの昼ごはん―親の老いと、と本当のワタシと、仕事の選択』(山田ズーニー著、河出書房新社)を読んだ。親を思う気持ちの“王道”というような読者のエピソードも満載。確かにいい話だ。切なくて鼻の奥がツンとする。でもそんないい話に、居心地の悪い思いをしている子どもも少なくないだろう。だって、母親が重い、なんて決して人には言えないから。母親が年老いて弱くなってしまうと、なおさらだ。しかし、年老いても、弱くなっても、重いものは重い。

<登場人物プロフィール>
木村知恵(40) 夫、小学生の子ども二人と東京都内に暮らす
伊藤道彦(43) 木村知恵の兄。独身、東京在住
伊藤好子(72) 木村知恵の母


■父の病気で一気に老いた母

 木村さんは、北関東の出身。大学入学と同時に上京して、就職。大企業の総合職として深夜まで働いていたが、子どもが生まれて退職した。2人の子どもの手が離れたら、再就職するつもりだったが、二女に学習障害の症状が出たため、専業主婦を続けている。

「父親は公務員でした。母親は教育熱心な人で、私も兄もかなり厳しく育てられました。私が東京の大学に進学したのも、女も男に負けないようにしっかり勉強して、仕事もすべきという母の期待に沿ったものでした。母は私と兄が東京に出てからも、たびたび上京して、勉強や仕事に忙しかった私たちの世話をしてくれていました。ちょっと口うるさいくらいでも、母はいつまでも母らしく生きていくのだろうと思っていました」

 木村さんの兄はまだ独身だったため、兄の世話をすることも母親の生きがいになっていたようだ。そんな木村さん母娘の関係が一変したのは、公務員を退職して、趣味の野菜づくりや囲碁をしながら悠々自適で暮らしていた父親が病に倒れてからだ。

「母が私たちの世話を生きがいにしてこれたのは、穏やかだった父の存在が大きかったんだと思いました。父が病気になって入退院を繰り返すようになると、母は体力気力ともに一気に衰えてしまったんです」

 木村さんも、木村さんの兄もそうたびたび両親の様子を見に帰るわけにはいかない。すっかり気弱になってしまった母親からは、毎日のように愚痴めいた電話がかかってくるようになった。

「私も二女の障害のことがあり、そんなに家を空けるわけにはいきません。兄と相談して、父をこちらの病院に転院させ、兄の暮らすマンションに母を呼ぶことにしました」

子どもの世話が生きがいだった母親にとって、木村さんと兄のそばで暮らせることは、大きな安心感をもたらしたようだった。

「兄のマンションに来た母は、昔の母に戻ったようでした。父親の見舞いにもまた元気に通えるようになりましたし、病院帰りにみんなで一緒に食事したり。父が病気であることを除けば、平和なものでした」

■「お前が後悔しないように」父の声が聞こえる

 しかしそれから1年あまり後、父親が亡くなると、母親の精神状態は再び悪化していった。

「父が亡くなってしまうと、昼間は病院に行っていた時間がぽっかりと空いてしまったのでしょう。兄の帰りは遅いし、地元の友達も親戚もいない環境で、やることがなくなってしまった。母の目は再び私に向かいました」

 それまで北関東と東京という距離で、心身ともに調度いい距離感を保てていたのかもしれない。理想的な近居という形のはずが、木村さんにとっては母の存在がだんだん重いものに変わっていった。

「母から頻繁に電話がかかってくるんですが、「もしもし」と何回読んでも返事はない。そのくせ、自分が話したいことがある時にはすぐに応答する。自分のことで頭がいっぱいだから、私の事情はもちろん、孫のことだってもう眼中にはないんです。便秘が続いていてお腹が張るとか、夜眠れないとか。二女の体調が悪く、学校に迎えに来てほしいと担任から連絡があって出かけようとしていても、こっちの事情はおかまいなしです。私ももう昔の母ではないとわかっていたので、子どもより母を優先していましたが……」

 木村さんのイライラは募っていく。だんだん母のことを嫌いになっていく自分に気がついたという。

「親って、いずれ来る別れがつらくならないように、わざと嫌われるようにしているのかもしれないと思うくらい。ただこれは母との闘いじゃなくて、私自身との闘いなんだと思うんです。誰かに愚痴っても、私に忍耐力がないことを明らかにしているだけ。だから誰にも愚痴れなくなりました。誰かに相談したいとも思うけれど、それはもう相談じゃなくて、私の気持ちに同意してほしいだけなのが、自分でもよくわかってるから」

 兄もさすがに母親の変調に気がついたようだ。病院を受診したところ、「不安神経症」と診断された。不眠もひどくなっていたため、安定剤も処方された。しかし、高齢者には効き目が強すぎたようだ。母親は夜中にふらついて転倒してしまう。

「兄と暮らしているといっても、日中は独居。もう兄との2人暮らしは無理だということで、介護付きのマンションに移りました。頻繁にスタッフコールを押して、かなり迷惑をかけているようですが、それでも私への過剰な要求は少なくなって安心していたんですが」

 今度は母親が肺炎を起こして入院してしまったのだという。母親が介護付きマンションに移って、しばらく距離を置くことのできた木村さんは、久々に優しい気持ちで母親の面会に行った。

「幸いなことに母の症状は軽く、間もなく退院できそうだという話でした。それで母に今後どうするか聞いたんです。『退院して、またマンションに戻る? それともまだ心配ならもうしばらく入院させてもらう?』って」

 母親の返事は意外なものだった。

「母は『あなたのマンションに、納戸があったわよね。あそこ、私のベッドくらいなら入るんじゃないかしら』と言うんです」

 母親は木村さんの家で暮らしたいと言ったのだ。

「びっくりして頭が真っ白になりました。それでとっさに、母の言葉が聞こえなかったふりをしたんです。そして『病院にいるか、マンションに戻るか。どちらか、考えておいてね』と、わざと明るく念押ししました」

 病院からの帰り道、木村さんは母親の希望を受け入れることのできない自分を責めたり、半面それも仕方ないことだと自分を慰めたりと、葛藤にさいなまれ続けた。

「こんな時は、いつも亡くなった父の声が聞こえてきます。『お前が後悔しないように』って。親を早く亡くした友達には、どっちにしても後悔するんだから、自分が無理しないことが一番と言ってくれました」

 木村さんに“聞こえないふり”をされた母親は、それから木村さんの家に行きたいとは言わなくなったという。

「何も言わなくなったことで、さらに罪悪感が増したんですけどね」

では、もし父親の声が「お母さんの希望をかなえてあげて」と言ったとしたら? 意地悪な質問とは知りつつ、そう聞いてみた。

「やっぱり引き取らないでしょうね」。

 木村さんは、ちょっと困ったように言って、笑った。

薄情な娘、でしょうか?

しぃちゃん

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