『ザ・ノンフィクション』レビュー

『ザ・ノンフィクション』「獣医師と行政が悪い」と語る院長の真意「花子と先生の18年 ~人生を変えた犬~ 前編

2020/05/11 17:57
石徹白未亜(ライター)

行政は「指導」のみ――多頭飼育崩壊の現状

 犬や猫は一度の出産で数匹産む動物であり、放っておけばネズミ算式に増えていくことを知らないはずがないのに、避妊、去勢手術を行わない飼い主は腹立たしいくらい多い。番組内では、一軒家に71匹もの犬がうろつく、多頭飼育が崩壊した埼玉の老夫婦の様子も伝えられた。犬だらけの家の中の片隅では、生後間もないであろう子犬に乳を与える母犬の姿があった。

 太田は多頭飼育の崩壊について、「悪いのは獣医師と行政です」「(飼い主は素人だから知識がないが、)知識と情報があるにもかかわらず、(飼い主と)関わるのを避けた人間がいる」「(周辺住民から行政へ)苦情も噂もあったはず。把握していないわけがない」と話す。動物愛護センターはこういうときどうしているのか、という番組スタッフの質問に、太田と共に現場を訪れた保護ボランティアの女性が、愛護センターも1年半前から来ていたが、オスとメスを離しなさいと指導するだけだ、と話す。

 「クレームがあったので指導しました」という建前があればいいのだろう。1年半前に手を打てば、まだここまで犬は増えなかったはずだ。ボランティアスタッフも犬に去勢手術を受けさせるため、埼玉から東京にある太田の病院まで2時間かけてトラックで犬を運んでいた。1日かかりきりで10頭を施術しても、まだ埼玉には未去勢の犬が残っている。太田はこれについても、「埼玉の獣医師が一人一匹手術すれば一日で終わる」と話す。

 もちろん、だらしない飼い方をして、増やしに増やす飼い主が一番悪い。だが、そういう人をゼロにすることは不可能だろう。そのストッパーとして、法制度や条例があり行政があるが、それは番組を見る限り十分に機能していない。番組内では、クラウドファンディングで資金を募るとボランティアスタッフが話していたが、そうした「有志」によって現場は支えられているのだ。

動物を前にして出る、その人間の本性

 動物を飼う資格のない人が動物を飼っている現状を見せられしんどい回だったが、一方で太田をはじめ、愛情にあふれた人もたくさん出てきて救われた。太田の病院では保護犬、保護猫の譲渡会を月一回行っており、そこを訪れたある一家は「飼うなら保護犬がよかった」と話し、野犬(人間に一度も飼われたことのない犬)のニコを引き取る。

 太田と看護師とともに一家の自宅を訪れたニコは、初めての場所に椅子の下で少しおびえた様子だったが、それから1年後の写真として、笑顔を浮かべる家族の中心にニコがいる一枚が紹介されていた。ニコは幸福な犬になれたが、動物は飼い主を選べない。

 「道徳的発展は、その国における動物の扱い方で判る」という名言がある。これはガンジーの言葉という説と、そうではない説もあるが名言であることには変わりはない。なにも国に限らず、人間一人ひとりを見ても、弱い立場である動物を前にしたときに出る言動こそが、その人間の本性なのだと思う。

 次週は今回の後編。『花子と先生の18年 ~人生を変えた犬~ 後編』。太田が花子を看取るまで。

石徹白未亜(ライター)

石徹白未亜(ライター)

専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。ネット依存を防ぐための啓発講演も行う。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)など。

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最終更新:2020/05/11 17:57
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