[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国映画『レッド・ファミリー』に見る、北朝鮮スパイの描かれ方の変遷とその限界

2020/03/13 19:00
崔盛旭

「隣の家族がスパイ」がリアルに感じる韓国

<物語>

 仲良し家族のスンヘ(キム・ユミ)一家の本当の姿は、韓国に送り込まれた北朝鮮のスパイ団「ツツジ班」だ。妻役のスンヘは班長として、夫役のジェホン(チョン・ウ)と娘役のミンジ(パク・ソヨン)、祖父役のミョンシク(ソン・ビョンホ)を率いて、脱北者など裏切り者の暗殺や、軍事施設の情報収集を行っている。一方、隣に暮らす韓国人一家は、身勝手で金遣いの荒い妻(カン・ウンジン)と、彼女に振り回される夫(パク・ビョンウン)の喧嘩が絶えず、息子のチャンス(オ・ジェム)や祖母(カン・ドウン)は途方に暮れている。スンヘらはそんな隣家を資本主義のクズだと軽蔑するが、ミンジとチャンスが親しくなり家族同士の交流が始まると、次第に憧れを抱くようになる。そんな中、とある事情から「北朝鮮にいる家族のために手柄を立てよう」と焦ったスンヘは、スパイとして大きなミスを犯してしまい、「ツツジ班」のメンバーが処刑の危機に。「ミスを挽回したいなら隣の家族を始末しろ」と命じられたスンヘらは、命令を果たすべく、彼らを誘って旅に出る。だが旅先では思わぬ結末が待っていた。

 「隣の仲良し家族が、実は北の恐ろしいスパイだった」という設定は、韓国映画だからこそリアルさを感じられる。実際、南北に分断されてからの北朝鮮は、物売りを装ったスパイから武装スパイまで、ありとあらゆる形で韓国にスパイを送り続けてきたからだ。本作のように祖父から孫まで3世代家族に模したスパイというのは、さすがに検挙例がないものの、夫婦を装ったスパイ事件は数多く存在することからも、本作の設定はまったくあり得ない話ではない。

 夫婦スパイといえば、97年に韓国社会を震撼させた「夫婦スパイ団事件」が有名だ。当時の報道によれば、「内乱煽動、要人暗殺、情報収集」を任務として夫婦を装って送り込まれた彼らは、潜入後まもなく左派の政治団体関係者に近づこうとして怪しまれ、すぐに警察に通報され、あっけなく捕まってしまった。妻役のスパイは逮捕直後に隠し持っていた毒を飲んで自殺、そして夫役のスパイの供述に韓国社会は震え上がることになる。

 ひとつは、韓国に張り巡らされた北朝鮮のスパイ組織網には、ソウル大学の教授や地下鉄の運転手が含まれているということ。供述によってこれらの組織はすぐに潰されてしまったものの、スンヘ一家のように身近な存在の中にスパイが潜んでいたという事実は、軍事政権の終焉後、薄れつつあった北朝鮮の脅威を改めて韓国国民に実感させた。中でもソウル大のある教授は、60年代から30年以上にわたってスパイ活動を続けてきたというから驚きだ。

 北のスパイは、北朝鮮から直接送り込まれる「直派スパイ」と、韓国人になりすまして定着した者や彼らに抱き込まれた韓国人スパイを指す「固定スパイ」の大きく2種類に分けられる。調べによると約2万人は存在するといわれる固定スパイの中には、ソウル大の教授のように、朝鮮戦争で生き別れ、北に残された家族を人質にスパイ活動を強要される韓国人もいるという。本作でもスンヘらツツジ班のメンバーは、仲間が失敗したり裏切ったりすることで、北にいる本当の家族に危害が及ぶことを常に恐れていた。

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