[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国映画『レッド・ファミリー』に見る、北朝鮮スパイの描かれ方の変遷とその限界

2020/03/13 19:00
崔盛旭

スパイ映画も「韓国称賛」となりつつある?

 もうひとつの供述は、夫婦スパイ事件の半年前に起きた「イ・ハンヨン暗殺事件」に関わるものだった。イ・ハンヨンとは、キム・ジョンイル総書記の前妻ソン・ヘリムの甥にあたる人物。スイス留学中の82年に韓国に亡命、その後は総書記家族の暴露本を出版したり、北朝鮮の体制批判をしたりして常に暗殺の危険にさらされていた。韓国の情報当局KCIAは当然彼の身辺警護にあたっていたが、一瞬の隙をついてイ・ハンヨンは暗殺されてしまった。韓国側は犯人逮捕に失敗、北朝鮮は暗殺への関与を否定し続けたのだが、捕まった夫役スパイの供述で、北のスパイによる犯行であったことが明らかになった。

 「イ・ハンヨン暗殺事件」の衝撃は大きく、保守系メディアは「安保不感症」「だらけた反共精神を引き締めよ」と鼻息を荒くし、巷では「早朝に背広姿で山から下りる者はスパイだ」とか、「タバコの値段を知らない者がいたら通報せよ」といった、ひと昔前のスパイの見分け方が再び取り沙汰された。本作での、北を批判する脱北知識人暗殺の場面は、もしかしたらこの事件がモチーフになっているのかもしれない。

 一方で、これらの一連のスパイ事件を、政府によるでっち上げだと危惧する声も少なからずあった。軍事政権下の60~80年代には、反政府的知識人や大学生らをスパイに仕立て上げて弾圧を正当化するやり方が横行していたからだ。もちろん「密室・拷問」が当たり前だった軍事政権とは違い、97年当時の政府は捜査から逮捕まですべてオープンにしていたので、懸念にすぎなかったわけだが、韓国ではスパイや暗殺といった映画のような話が、今でも十分現実に起こり得るのだ。

 だが、以上のような背景と照らし合わせて本作を見ると、ひとつ気になることがある。北のスパイを「脅威」としてではなく「同化」できる同じ民族・人間として捉えるのはよいのだが、その同化とは、あくまでも「韓国への同化」だということだ。とりわけ、ラストシーンでのスンへらによるチャンス家族の過剰な「真似」は、それを強く物語っている。北朝鮮のスパイたちは、欠点は多いものの、のどかに暮らしている韓国人家族を夢見る展開になっているのだ。

 本作だけではなく、ナショナリズム(民族的同一性)を強調するようになってからのスパイ映画のひとつの共通点は、最終的には「韓国の良さ」を際立たせているということだ。これも捉え方によっては、「人権意識もない、過酷で劣悪な北朝鮮」「人間らしく生きられる幸せな韓国」といった単純な二項対立の図式を通し、良しあしを決め付けるプロパガンダになり得るのではないだろうか。そういう意味では、表現の違いこそあれ、昔も今もあまり変わっていないといえるかもしれない。強いて言うなら、「ハードな反共」が「ソフトな反共」に変わっただけということか。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

※サイゾーウーマン編集部より
今回取り上げました『レッド・ファミリー』の製作・シナリオ・編集を手掛けたキム・ギドク氏は2017年、監督作『メビウス』(13) 撮影中に出演女優に平手打ちをし、 事前台本にはなかった性行為シーンやヌードシーンを強要したとして告発されました。そのうち、平手打ちなどの暴行については、罰金500万ウォン(約50万円)の略式命令が下っています。また18年には、別の2人の女優がテレビ番組で、キム・ギドク氏のセクハラ行為やレイプを訴えています。

編集部として、 彼の行為は決して許されるものではなく、断罪されてしかるべきものだったと確信していますが、今回、「韓国映画におけるスパイの描かれ方の変遷」というテーマを語る上で、『レッド・ファミリー』 を取り上げることが最適だと考えました。性暴力加害者を支援する意図、 間接的とはいえ作品を取り上げることで彼の経済活動を援助する意図はないことを、改めて表明します。

最終更新:2020/03/13 19:00
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