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普通の母親が抱える「今、目の前にいる赤ちゃんとの暮らしが怖くて辛い」感情 弱さや危うさ、受け止めて

2020/02/09 20:00
サイゾーウーマン編集部(@cyzowoman

 親による子どもへの体罰禁止を明記した改正児童虐待防止法が来年4月に施行される。これに先立ち厚生労働省は12月3日、具体的にどのような行為が体罰にあたるのか、ガイドラインをまとめた。

 たとえば、以下の行為は体罰にあたる。

・口で3回注意したけど言うことを聞かないので、頬を叩いた
・大切なものにいたずらをしたので、長時間正座させた
・友達を殴ってケガをさせたので、同じように子どもを殴った
・他人のものを盗んだので、罰としてお尻を叩いた
・宿題をしなかったので、夕ご飯を与えなかった
 また、暴言等、たとえば「お前なんか生まれてこなければよかった」など、 子どもの存在を否定するようなことを言ったり、やる気を出させるために、きょうだいを引き合いにしてダメ出しや無視をすることも、子どもの人権を侵害し、子どもの心を傷つける行為であると記載されている。

 しかし「体罰が法律で禁止される」ことについて、ネット上では否定的な声が目立つ。「体で教えないと子どもはわからない」と、“体罰は必要”とする意見も少なくないが、一方で「じゃあどうすればいいんだ」「言うことを聞かない子どもをしつける方法があるなら教えてほしい」という戸惑いの声も聞こえる。

 こうした声からわかるのは、体罰をなくすためには法律で禁止するだけではなく、子育てする親のフォローも同時にしていくことが不可欠ということだ。

 子どもを虐待から守ると同時に、親への支援も行っている社会福祉法人子どもの虐待防止センター(以下、CCAP)で相談員を務める広岡智子さんに、話を伺った。

広岡智子
1980年代に、親の病気や虐待を理由に中学卒業と同時に自立を余儀なくされた子どもたちの暮らす「憩いの家」で寮母を務め、1991年に故広岡知彦(元憩いの家、子どもの虐待防止センター代表)が進めていた子どもの虐待防止センターの設立に電話相談員として参加。電話相談をきっかけに、自助的ケアグループMCG「母と子の関係を考える会」を子どもの虐待防止センターで始め、現在は研修会の講師を務めるとともに、母親たちに向けては「怒って、泣いて、時々笑って子育てを!」と講演活動を行っている。

「叩いちゃダメだ」ではなく、「なぜ叩いちゃうのかな?」
――CCAPでは子育ての悩みを受け付ける電話相談を実施しています。どのような親御さんが電話をかけてきますか。

広岡:このままだと虐待になってしまうという危機感を持って、電話をかけて来られる方が多いです。中にはお父さんからの電話もありますが、専業主婦や育休中のお母さんなど、子どもと24時間一緒にいる方からの相談が多いです。

保育園に子どもを預けることのできる共働き家庭やひとり親家庭は、子どもと離れる時間を確保されるという意味で、現実的な虐待予防になっていると思います。

――相談員の方たちはどのような言葉をかけているのでしょうか。

広岡:電話をかけてくる親たちは、子どもを叩くことは「よくない」と認識していますし、子どもにひどい態度を取ってしまった自分自身を責めています。

「私はダメな親だ。子どもを可愛く思えないし、叩いちゃうし、差別しちゃうし。昨日だって子どもを泣かせてしまった」と泣きながら電話かけてくるお母さんもいますから。

ストレスを抱えて子どもを叩いてしまったと苦しんでいるお母さんに対して、「子どもを叩くことは虐待だから許されない」と断罪したら、彼女を追い詰め、ますます子どもを叩くようになるかもしれません。

ですから、私たち相談員は「叩いちゃダメだ」ではなく、「なぜ叩いちゃうのかな?」と、まずは叩いてしまう理由を問いかけます。ダメだとわかっても叩かざるを得ないような現実があるわけで、その状況を理解し、叩かずに子育てをする方法を一緒に考えていくのです。

――叩いてしまう理由、どのようなものが多いですか。

広岡:子どもを叩いてしまう理由は、色々あるでしょう。子どもは一人一人生まれながらの気質もあるし、家庭環境も育休を取れるお父さんもいれば、帰りが遅く土日も仕事で忙しいお父さんもいるなど、一人一人違いますよね。

電話をかけてくる親たちは、本当は「悪いことをするけれど、この子は子どもで、私から叩かれてかわいそうなんだ」とわかっているし、葛藤しています。そのような葛藤は子育ての苦しみともいえ、子どもを守り育てていくためには「あり」なのです。

――電話相談を終える頃には、相談者さんの反応は変わりますか。

広岡:匿名の電話相談の場合、自分が子どもにしてしまった本当のことを言えるので、語った後はすごく楽になるようです。 

どうやって子どもをしつけければいいのかといった葛藤は、子どもを守り育てていくためには必要なことであり、子育てに悩むことは“当たり前”なんです。子育てに悩みを抱えることはとても自然なことであり、「ダメ親」ではありません。

――子どもはそうそう親の思い通りにはなりませんよね。

広岡:子育ては誰がやっても、子どもとの関係に多かれ少なかれ苦しくなります。もともと人間の子どもはとても手がかかる存在です。生理的早産といわれ、生まれて最初の1年はひと時も目が離せません。今は出産の疲れを抱えたまま、母親が寝る時間を削ってひとりで子育てを行う家庭も多く、肉体的にも精神的にもキツイですよね。

1年が経って、ようやく赤ちゃんとの生活に慣れ自信がついてくると、今度は凄まじいイヤイヤ期や反抗期が訪れ、特に初めて子育てをする親は戸惑ってしまいます。そのような状況であれば、誰だって悩みを抱えます。子どもと向き合おうとしている親ほど、追い詰められてしまうものです。

――真面目にやろうとする親ほど、悩みやすいのかもしれません。

広岡:真面目というよりも、子どもとまともに向き合っているお母さんですね。また自己嫌悪感が強い親ほど、「自分のようになってほしくないのに、自分に似ている」と苛立ってしまい、ダメな自分を叩くように子どもに手を上げてしまうケースもあります。

 子どもと親は似て非なる人間ですが、親が子どもに自分自身を投影してしまうことも特別なことではなく、どこの誰にでも起きることです。

 そして親に叩かれることなく、愛情を受けて育ったお母さんでも、子どもがかわいいと思えないことや、自分がダメ親だと感じることはあります。

――そういった悩みを持つことを“普通”と捉えられず、「みんなうまくやっているのに、自分はダメだ」と思い込んでしまうのですね。

広岡:子育てに悩むことこそ“普通”だと、お母さんたちに届いていませんよね。聞き分けのよい子どものお母さんが「いいお母さん」で、言うことを聞かない子どものお母さんは「育 児が下手」「弱くてダメな親」というイメージも根強いです。

 育休中のお母さんからの電話相談もあります。傍から見ると育休中の母親は、待機児童問題もあるものの基本的には1~2年後に職場に戻れますし、そもそも育休を取れるような恵まれた環境にいるわけですから、職場復帰を楽しみに子どもとの時間をエンジョイできるような気がしますよね。

 ところが現実には育休中のお母さんでも、1年後のことより「今、目の前にいる赤ちゃんとの暮らしが怖くて辛い」と言います。実際のところ誰にとっても、赤ちゃんとの暮らしは「怖くて辛いもの」なのです。そんな時期にお母さんを一人にさせてはいけないし、お母さんの弱さや危うさを責めずに受け止めてあげる必要があるのではないでしょうか。電話相談やグループケアもその一つです。

――自分だけがダメな親なのだと思っていると、周囲にいる人たち、いわゆる「ママ友」などにも相談しづらくなります。

広岡:「重い話をして引かれるんじゃないか」といった懸念から、辛くて苦しい子育ての悩みは、ママ友に話せない方が多いです。本当はみんなが同じことを感じている、あるいはそう感じないように頑張ってごまかしているのですが。

 どうか、ひとりで溜め込むことはしないでほしいんです。そのために、CCAPの電話相談があります。

――身近な人に相談した結果、かえって追い詰められてしまうこともありますよね。

広岡:自分の周囲の人に相談をする場合は、場所や人を選ぶ必要があります。もし相手に否定をされて苦しい思いをしたとしても、自分を責めるのではなく、話す相手を間違えただけだと考えてください。必ず、叱るのではなくあなたの状況を理解し、一緒に解決方法を考えてくれる場所や人はいるはずです。私たちはそういう場所や人にならないといけないと思っています。

――CCAPでは電話相談だけではなく、親たちのグループワークも実施していますよね。

広岡:グループワークは、子育ての悩みや自分自身の体験について親同士で話せる場になっています。保健師や相談員が進行役を務め、ルールは「批判をしない」「無理をして話さない」「聞いたことや話したことを外に持ち出さない」の3つ。自分の名前を言うか匿名にするかは自由です。グループケアの間は保育も行っているので、子どもを預ける場所がない親御さんも参加いただけます。

――グループワークに参加し、お互いに悩みを共有することで、「みんな子育てに悩んでいる」と前向きになれるのでしょうか。

広岡:それもありますが、ほとんどのお母さんは、最初から自分の中に正解を持っています。
グループワークでは、自分の気持ちをみんなが聞いてくれて、認めてくれる。そうすることで、自分の気持ちが再確認でき、深刻な顔をしていたお母さんでも、グループケアが終わると、別人のような笑顔で子どもを抱いています。

虐待親にも治療やケア、支援を受ける権利がある
――虐待をしてしまう親は自らも虐待を受けて育った割合が多いということが、調査でわかっています。電話相談やグループワークに参加する親御さんの中にも、虐待を受けた経験のある方はおそらくいらっしゃいますよね。

広岡:そうですね。深刻な虐待をしている親ほど子ども時代に虐待を受けた体験を持つ、かつて放置された子どもたちです。子どもながらに児相に助けを求めたけれど、相手にしてもらえなかったという方もいました。

 もちろん、親に虐待された経験があっても、ほとんどの方は虐待せずに自分の子どもを育てています。しかし中には、叩くことは子どもを傷つけるとわかりながらも、自分の子どもを叩いてしまい、虐待だとして児童相談所に子どもを引き取られるケースもあります。

 子どもの命を守ることが最優先ですが、自分が虐待されていた頃は誰からも助けてもらえなかったのに、親になったら今度は「子どもを叩くダメな親」と否定され、加害者にされる。

 加害者である親たちもかつては虐待を受ける子どもであり、そういう意味では虐待をした親にも治療やケア、支援を受ける権利があるはずです。電話相談やグループケアは、親の悩みを解消し児童虐待の世代間連鎖をストップさせるための一つのツールですが、国全体で、過去に虐待を受けた親のケアや支援プログラムをつくっていくべきだと感じています。

――来年4月から、しつけのための体罰禁止を明記した改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が施行されることになっています。しかし、「叩かなければ子どもは理解しない」「自分は親に叩かれて強くなった」「いきなり禁止と言われても困る」など、反発する声も少なくありません。

広岡:これまで日本では、「親の言うことを聞かない子どもは叩かれて然るべき」という親の立場が優先されていましたが、子どもへの暴力が「虐待」だと認識され、社会の意識は大きく変わりました。

 しかし、暴力に頼らない子育てはまだ浸透していません。「虐待」という言葉には残忍な印象を持つけれど、「しつけで叩いちゃうのは仕方ないよね」という風潮や、いけないこととはわかっていても、叩く以外の方法を知らずに悩んでいる親が多数です。

 小さな子ども抱える親の世代はしつけとして体罰を受けてきた人も少なくなく、自分の親がしていた行為を否定することは、過去や今の自分を否定することになると考えている人もいるのだと思います。

――法律を変えるだけでなく、人々の意識も変えていく必要がありますよね。

広岡:よくよく考えてみれば、大人が大人をたたくことは糾弾されるのに、大人が子どもを叩くのが許されているというのはおかしいですよね。大人と同じように子どもにも叩かれない傷つけられない権利があるのです。

 父親からの電話で、ママが勉強しないと5才の娘を叩くので、彼がママを注意したら、娘から「ママは私のために叩いてくれる、だからパパも叩いて」と言われて、それを聞いていたママが「こんなことを子どもに言わせてる私はおかしい」と初めて泣いたという話がありました。

 法律が私たちの考え方を変えてくれるわけではありません。小さな暴力も体罰と考えて、「愛のムチ」はもうないんだと一人ひとりが悩みながら学び直さなければならないのですね。「叩かれて育った子どもは叩くことを学び、愛された子どもは愛することを学ぶ」のは本当です。

 もちろんそれだけでは一方通行です。虐待を禁止すると同時に、叩かないで子どもを育てる方法や、虐待を受けて育ったり、ストレスをかかえる親をどうケアしていくのかも、子どもだけでなく、親の目線にたって議論していくことが重要です。

最終更新:2020/02/09 20:00
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