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「ナウシカ歌舞伎」事故・役者のケガによる公演中断で、松竹の対応が残念すぎる

2019/12/18 20:00
サイゾーウーマン編集部(@cyzowoman

東京・新橋演舞場で今月6日から上演中の新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」。世界的に評価されハリウッドからのオファーも蹴ったという、スタジオジブリの同名映画の原作漫画を初めて歌舞伎化するということで大きな話題になったが、幕が開いて早々の8日昼の部で、主演のナウシカ役を務める尾上菊之助が本番中の事故で左ひじを亀裂骨折し、その後の公演は中止。同日の夜の部も休演となったが、翌9日から公演は再開した。同作の歌舞伎化を熱望したという菊之助の熱意ゆえの美談として扱われているが、その陰にある主催の松竹の対応は、役者や観客を置き去りにしているとしか思えない。当日の事故の詳細を振り返るとともに、その問題点を考えてみたい。

 アニメ映画「風の谷のナウシカ」は、監督の宮崎駿自身が描いた同名の長編漫画が原作だが、映画の製作時点ではまだ連載途中であり、漫画の序盤を再構成して作られている。歌舞伎は一般的に1日に2回昼の部と夜の部の公演が行われ、演目も別のものだが、今回のナウシカ歌舞伎版では、原作全編が舞台化された通し狂言で、昼の部と夜の部の両方を観て、ひとつの物語になる。

異例の演出による事故
 昼の部は「序幕」「二幕」「三幕」に分かれており、映画版の内容は序幕のみで、二幕は王蟲の命をもてあそぶことを阻止するためにと本水(ほんみず、本物の水のこと)を使った立廻りがあり、そして三幕は映画版でユパが連れていた架空の生き物「トリウマ」に乗ったナウシカらによる合戦と、メーヴェに乗って旅立つ宙乗りが続く予定だった。

 夜の部は「四幕」「五幕」「六幕」「大詰め」に分かれ、再度メーヴェに乗った宙乗り、腐海に寄り添おうとするナウシカの心を表す歌舞伎舞踊、覚醒した巨神兵による立廻りなどがある。映画で使用された音楽が和楽器で演奏され、歌舞伎らしい演出をすべて盛り込んだと菊之助自身も自負しており、歌舞伎の新しい観客層の開拓も期待されていた。

 事故があった公演を、筆者は上手(かみて)の2階席で観劇していた。三幕の終盤、トリウマに乗ったナウシカは花道から現れ、舞台上で複数の仲間とともに戦闘場面になった。歌舞伎は通常、劇中で馬などが出てくる場合、前足役と後ろ足役の2人の人間が馬の着ぐるみの中に入り、その上に役者が乗る。しかしトリウマの中に入っていた黒子役はひとりだけで、肩車のような状態だった。

 舞台上での戦闘場面では、菊之助を筆頭に、トリウマの上に乗った俳優たちには舞台上空からの命綱が張られているのが確認できた。戦い終わったナウシカは命綱を外し、トリウマに乗ったまま花道を駆け抜けて退場しようとしたが、終点直前でトリウマごと転倒した。劇場中に響き渡るような大きな音だったが、花道をかける勢いが非常に迫力があったため、一部の観客はそれも演出の一部だと思ったのだろうか、笑いが起きたほどだった。

 その後しばらくして、劇場内には「舞台機構の不具合により、一度中断する」というアナウンスが流れた。幕の内側からのスタッフのものと思しき怒声も漏れ聞こえ、数分が経過したあと、クシャナ役である中村七之助が、メークを落とし楽屋着であろう浴衣姿で幕前に登場。この後はナウシカがメーヴェで飛び立つ予定で「想像して」と笑いを交えつつも、公演が続行できないと説明、謝罪した。

払い戻しの対応に不満噴出
 公演が中止になった昼の部は、残り約20分だったと報道されている。話のあらすじ上は確かに、ただナウシカが飛び立つだけだっただろう。だが、宙乗りという新作歌舞伎らしい演出の目玉がカットされ、観劇後の感想は率直に言ってしまえば「非常に中途半端」だった。もともと歌舞伎が好きなファンは、通常目にすることのない隙だらけな装いの七之助が前面に出て謝罪したことで代替にしたようだが、それは舞台機構が原因ではないと簡単に推測できる緊急事態と、七之助の誠意を受け止めただけで、また別の話であうように思う。

 同日の夜の部は中止になり、チケットは払い戻しになったと報道されたが、公演がカットされた昼の部は、払い戻しなどの対応は一切なかった。生身の俳優が演じる舞台という芸術の特性上、ケガという不測の事態の発生は仕方のないことではあるが、一部観客からの不満の声も耳にした。俳優の事故による払い戻しの対応には、不備の「前科」があるからだ。

 2017年、同じくアニメをもとにしたスーパー歌舞伎「ワンピース歌舞伎」で主演の市川猿之助が公演中に左腕を骨折して休演し、若手の尾上右近が代役になった。同公演ではもともと猿之助が主演を務めるほかに、右近が主演し若手俳優を中心にした配役のバージョンも予定されており、あらかじめ稽古も済んでいたために可能だった異例の事態だった。

 猿之助と右近ではチケット代金に差があったため、松竹は差額を返金する、それは特別な対応であると大々的にアピールしたが、あくまでも差額のみ。あらかじめ両パターンを観るつもりで複数日程のチケットを購入していた観客の、同じ配役になってしまうなら……という払い戻しには一切応じなかった。

 今回のナウシカ歌舞伎は一部演出を変更し、菊之助は翌9日に復帰。その日の夜の部を観たが、実質は変更ではなく総カットで公演時間も短縮されていた。当然宙乗りはなく、舞踊も満足なものとはいえなかった。とはいえ立廻りでは、敵役の坂東巳之助が菊之助の負担を減らすよう普段以上の存在感を見せていて、垣間見られる彼らの絆に、あらすじだけでない楽しみが得られたのも事実だ。

演者の安全保持を!
 翌日の復帰を強行したことは、もちろん菊之助自身の意欲がいちばん大きいのだろうが、松竹には打算はなかっただろうか。実は9日はプレイガイドなどによる貸切公演で、歌舞伎俳優自身の後援会よりも早く、おそらく最速でチケットの申し込みができた日程のうちの1日だった。つまり、9日の観客は、もともと俳優や歌舞伎に好感情と理解を持っている層だったということ。全力ではない“欠陥品”であっても受け入れるだろうという観客への甘えが、松竹にはあったように思われてならない。

 また、本来ならアピールしたかったであろう、初めて歌舞伎を観る層に対してはどうだろうか。演出をただカットするだけの工夫のなさで、歌舞伎の本来のすごさや魅力が、俳優が熱演さえすれば伝わるとでも考えているのだろうか。

 事故の原因にはなってしまったが、トリウマに乗って駆けるナウシカは疾走感にあふれ、確かに素晴らしい演出だった。危険と隣り合わせであっても、その方がかっこいいと思えば俳優はやりたがるだろう。しかし歌舞伎は興行期間中に休日がないことが特徴でもある。演者の安全と健康を保持できなければ、作品そのものの良さは半減し、既存の観客にさえ見放されかねない。安全対策を徹底するとともに、予期せぬトラブルの際の対応も、再度考えなおしてほしいと切に願う。

(鈴木千春)

最終更新:2019/12/18 20:00
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