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妊婦やベビーカーへの憎悪も可視化されるネット 「子育てしやすい社会」の空気をどう作るか

2019/12/02 20:00
サイゾーウーマン編集部(@cyzowoman

 10月上旬、とあるTwitterユーザーが「ベビーカーには席を譲りません」と主張し、その意志を示すためのマークを作成してツイートした。同ツイート主は「ベビーカー様が蔓延る世の中。子供がいれば優遇されて当たり前ですか?」と主張しており、マークには「それはあなたが生んだ子です わたしが席を譲る義理はありません」との文句が躍っている。

 投稿主が個人で作成したと見られる非公式の「ベビーカーには席を譲りませんマーク」。このツイートとマークについてSNSやネット掲示板上では、「席を譲らないのは自由だけどわざわざ主張する必要ある?」「ベビーカーによほどの恨みでもあるのかな」「釣りだったらいいけど……」といった反応が見られる。

 あえて「譲りません」などと公言する理由はわからず、注目を浴びたいがためにわざと露悪的なことをしている可能性もあるが、投稿主のその他のツイートからはベビーカーを押す母親や幼い子どもへの強い憎しみを感じる。また痴漢や性犯罪の被害を訴える女性への誹謗中傷も強い。

 本来であればスルーしたほうがいい案件なのだろうが、ベビーカーや親子連れへの嫌悪・憎悪を訴えてはばからない声は、ネット上ではそれほど珍しくもない。公共交通機関を利用する子ども連れの保護者を「子連れ様」などと揶揄して煙たがる人がいることも事実だ。

 Twitterには「#子連れ様」「#ベビーカー様」「#妊婦様」というハッシュタグも存在しており、ベビーカーを利用しての子連れの外出、公共の場における子どもの泣き声などについて否定的な意見が多く投稿されている。「ベビーカーには席を譲りませんマーク」に対しても「素晴らしいマークですね」「こういうシールが販売されたらありがたい」などと賛同する声がある。

子を殺しかねない悪質な嫌がらせ「抱っこ紐外し」も
 今年9月には、赤ちゃんを抱いている「抱っこ紐」のベルトのバックルが外されるという非常に危険な事案も報告され、危機意識が共有されることとなった。Twitterで拡散された目撃情報によれば、やや混雑するバス車内でベビーカーを畳んで赤ちゃんを抱く母親がいたが、中年女性がいきなりバックルに手をかけ、外したのだという。母親は咄嗟に赤ちゃんを支えてなんとか事なきを得たそうだが、親子の背後で犯行に及んだ中年女性は笑っていたという。あまりに恐ろしい光景だ。

 9月20日放送の『スッキリ!』(日本テレビ系)が、この危険かつ悪質な加害行為「抱っこ紐外し」について特集すると、SNSでは恐怖や怒りを訴える意見のほか、バスや電車など交通機関における目撃談や体験談の投稿が複数寄せられた。それほど私たちの社会は、幼い子どもや親への悪意に満ちているのだろうか。

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「優しくして」は「特別に優遇して」じゃない
 ネットでは、妊婦やベビーカーの子連れに「これ以上優遇すべきでない」「つけあがり、マナーの悪い妊婦や子連れが多い」といった論調を振りかざすユーザーたちがいる。しかし、そもそも本当に妊婦や子連れは“優遇”されているのだろうか。

 今年11月、二人乗りのベビーカーに双子を乗せていた女性が名古屋市の市バスから乗車を拒否された。新聞やテレビもこのことを取り上げ、市バスの対応に疑問の声が相次ぐなどして。多胎育児の困難さも浮き彫りになった。

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 妊婦や子連れが安全に外出できるよう、困難やリスクを改善しようという試みもある。2015年に誕生した「マタニティを応援するマーク」は、ある一般男性が妻の妊娠中の大変さや肩身の狭さを感じたことをきっかけに、「妊婦さんを応援したい」という思いで作成したもの。鞄などにつけることで、街中で妊婦さんを応援する意思を表明できる。

「マタニティを応援するマーク」Twitterアカウント@maternity_papaより
 男性はクラウドファンディングなどを活用して「マタニティを応援するマーク」を1万個以上生産し、2017年からは都内の一部の区や市のほか、三重県四日市市の役所や保健所窓口、子育て支援団体で無料配布をしているほか、ウェブサイトでも販売している。

 また、今年6月からは東京都世田谷区の区役所や区民センターで「赤ちゃん泣いてもいいよステッカー」の配布がスタートした。街中での子どもの泣き声に理解を示し、親の心理的負担を失くす目的のもので、ステッカーをスマホなどに貼って利用することで「泣いてもいい」という意志を表明することができる。

「WEラブ赤ちゃんプロジェクト」Twitterアカウント@Welovebaby_pjより
 「赤ちゃん泣いてもいいよステッカー」は、インターネットメディア「ウーマンエキサイト」を運営するエキサイト株式会社が展開する「WEラブ赤ちゃんプロジェクト」の一環で作成され、現在では三重県など14県にも同様の取り組みが広まっているという。

 こうしたステッカーの取り組みは、妊婦や子連れに好意的な人々を可視化させ、社会の許容力を高める一助になるかもしれない。なにより、妊婦や子連れだけを「特別に優遇する」ものではなく、安心して子育てするための空気づくりを担う取り組みだ。

 妊婦や子どもに限らず、高齢者や障害者、病気の人などに対して「優しくしましょう」という啓発は、日本に住む多くの人々が小学校から散々、受けてきたものだろう。けれどもそれは「自分は元気なのだから」という前提があって、疲弊し荒んだ状態のときには「自分も優しくされたい」と思うのが自然だ。その「優しくされたい」気持ちが裏返り、「なぜあいつらばかり優遇されるのか」という憎悪に発展している側面もあるように思える。特別な人にだけ特別に優しくする社会への違和感、とでもいうのだろうか。

 これは親子連れへ憎しみを向けてはばからない人々を擁護する意図ではまったくないので誤解のないようにしたいが、彼らだけの歪んだ価値観に起因すると言ってよいのかどうか。基本的な対人関係が「優しさ」を欠き、雑な扱いが「普通」とされている日本社会全体の問題といえるのではないか。子どもをごく当たり前に許容する人たちが大多数の、子育てしやすい社会でありたいが、ではどうすればそのような社会が築けるのか。この問題は、実は根深く広範囲につながっているように思えてならない。

 ちなみに厚生労働省が先日発表した人口動態統計の速報によれば、2019年1~9月に生まれた子どもの数は67万3800人で前年同期に比べ5.6%マイナス。出生数の減少ペースはさらに加速している。令和婚も増えているように見えるかもしれないが実際は急増などしてもおらず、令和のベビーブームも来そうにない。政府が本気で少子化対策をするのなら「安心して子育てするため」の政策をどれだけたくさんやってもまだ足りないほどだろうが、まず「生み育てたい」と思えるような空気がない限り状況は好転しないだろう。

最終更新:2019/12/02 20:00
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