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アダルトゲームが実在する建物の外観を「無断使用」、建物に知的財産権はあるか?

2019/11/25 20:05
サイゾーウーマン編集部(@cyzowoman

 新作発売が予定されているアダルトゲームに、実在する人気洋菓子店の外観が無断使用されたという問題を神戸新聞が報じた。

 ゲームの制作会社は法的な問題点をクリアし、著作権を侵害しないようにしているとのことだが、発売前にもかかわらずファンがゲームの舞台を「聖地巡礼」し始め、店側は制作会社への抗議を検討しているとのことだ。

 その後、制作会社は公式サイトで本件について謝罪をし、該当箇所の画像を全て差し替えるという発表を行った。

 今回は制作会社側が「無断使用」に関して謝罪をし、画像の差し替えという対応が取られるに至ったが、そもそも創作性のある建物はしばしばその無断撮影、素材の無断使用がなされ、問題となることが少なくない。

 改めてこの事件をきっかけに、法律上建物の知的財産権がどのように保護されているのかを整理するとともに、クリエイティブな空間と法の関係をどのように考えるべきなのかについて問題提起したい。

建物にはどのような権利があるのか
 結論から述べれば、建物に認められる知的財産権はそれほど多くない。広告などに無断で自社の建物が利用されているといったクレームが入ることはビジネス上も少なくないが、その主張に法的な拠り所は非常に少ないのが実情である。

 まず、よく主張されるものとして、「肖像権」という権利があるが、これは建物には認められない。肖像権は人格権の一つであり、人にしか認められないからだ。

 また、製品や商品のデザインを保護する意匠権についても、建物などの不動産は登録が認められていないため、意匠権も存在しない。

 さらに、商品やサービスを他者に利用されないようにする商標権についても、建物の名称や外形的な特徴で権利を登録することはできるが、建物そのものに商標権が認められることはない。たとえば、東京タワーや東京スカイツリーも、その名称を商標として登録しているが、建物そのものが商標権で保護されているわけではない。

 最後に、建物に関連する知的財産権として著作権が挙げられる。しかし、実際に建物の著作権が法で保護されるには高いハードルが存在する。

 まず、建物が「著作物」といえる必要があるが、そのためには建築芸術といえるほどの創作性、芸術性が認められなければならない。一般的な外観の建物はもちろん、グッドデザイン賞を受賞した建物でさえ、その著作物性が否定された裁判例がある。

 そして、仮に創作性が認められ、「著作物」とされる建物であっても、第三者による撮影や二次創作などの使用は原則として法律上許されている(著作権法46条柱書)。唯一、法律が禁止しているのは、「建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する」(同条2号)行為のみだ。要するにそっくりそのまま同じような建物を建築してはならないということである。

今回の事件で権利侵害はあったのか
 今回の一件では、アダルトゲームを制作しようとする会社が、人気洋菓子店の外観を取材等し、場合によっては撮影を行って、それをイラスト化し、ゲーム内で再現した。ここには、建物の無断撮影や無断使用という行為が含まれているが、いずれも著作権法が禁止する建物の複製にはあたらず、法的には特に問題ないということになる。

 このように述べると、なんと不合理な法律だと思われる方もいらっしゃるかもしれないが、仮に建物全てに著作権を認め、撮影やイラスト化までを禁止した場合、一般の人々が外で写真撮影を行ったり、写生を行ったりする行為を含めて全てが規制の対象になってしまい、人々の創作活動に大いに支障をきたすことは容易に想像できるだろう。

 著作権法の趣旨には、文化の発展や創作への寄与も含まれており、その意味で現時点では建物にはすでに述べた程度の権利付与で十分と法が判断しているのである。

敷地内での写真撮影には注意
 もっとも、写真撮影においては一点注意を要することがある。建物の敷地内に入って写真を撮影する場合だ。これは知的財産権とは関係がなく、建物の所有権・管理権に関する問題であり、もし建物の所有者や管理者が「敷地内での無断撮影禁止」としているにもかかわらず、これを行った場合には、権利侵害として不法行為が成立してしまう。

今回のケースはまったく問題がないのか
 このように見ていくと、今回のケースは特段法的には問題がないように思えるが、しかし読者もそのような結論はなんとなく直感に反すると感じるだろう。

 たしかに建物の知的財産権を侵害していないとしても、今回のケースはアダルトゲームへの利用という特殊な事案であり、単純なイラスト化とは異なるように思える。話題となった映画やアニメの舞台の場所には「聖地巡礼」が行われ、ファンが集うことでその場所のポジティブな宣伝効果が生まれる。しかし、アダルトゲームの場合にはむしろその場所にレッテルが貼られてしまい、店舗のレピュテーション(評判、社会的評価)[sm1] が傷つく恐れもある。

 実際に今回のケースでは、ゲームの発売前にもかかわらず、すでにゲームファンなどが「聖地巡礼」を行っており、少なからず営業に支障が出ているという報道もある。そういった意味では、不当に建物のデザインや店舗の価値が利用されたということで、一般的な法律である民法に基づき、不法行為(民法709条)を理由として、店舗側が制作会社に対し、損害賠償請求を求めることは可能かもしれない。

 しかし、これにも一定の要件があり、特にどのような損害が生じたのかを立証することは困難であろう。また仮にこの請求が認められたとしても、店舗側が受けるのは損害の賠償に過ぎず、ゲームの販売差止めなどは認められない。

 むしろ、ゲームの制作会社にとっては、今回の一件によって、Twitterのトレンド入りが実現するなどゲームそのものが話題となり、レピュテーションリスクの代わりにゲームの宣伝効果を獲得したともいえる。もっとも、制作会社は本件について迅速に謝罪し、ゲーム内での該当画像を差し替える対応を行っている点で、そのような目的があったのかは定かではない。

 今回SNSで大きな話題となったのは、このような無断使用を認めて良いのかという立場と、法的に問題ないのだから騒ぎ立てるのはおかしいという立場が対立し、議論が紛糾したためである。法的にはこれまで述べてきたとおり、違法性を問うことは難しいが、だからといって企業倫理としてあるべき形かと言われれば、それは明確に否定すべきであろう。

 知的財産という分野は、デザインやクリエイティブが次々と新たな発展を見せ、法がそれに追いつかない状況にある領域である。だからこそ、人々がどのように文化を醸成していきたいのかが強く問われ、同時にそのような声が後に法に反映されていくようになっている。

 法的には問題ないという結論に違和感を覚える方にはぜひ文化の育て方という視点から声を上げていただきたいし、違和感を覚えない方にはなぜそれが良い文化を育てることに繋がるのかを発信していただきたい。

 今回はそのような双方の発信の結果、制作会社側が問題点を確認し、画像を差し替えて対応するという結果に落ち着いた。このようにして生み出されていくクリエイティブの空間こそ、後に法が「あるべき姿」としてルールを規定するものにほかならないのである。

最終更新:2019/11/25 20:05
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