[連載]安彦麻理絵のブスと女と人生と

中年女が鏡を見て気づいた、「今年の夏は去年と違う」己の腹周り

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(C)安彦麻理絵

 なんだか大変な事になっている。何が大変って、私の「腹」が。腹が、非常に大変な事態に陥っているのだ。とはいえ別に、子宝に恵まれてしまったわけではない。私の「ドテっ腹の肉」が、なんだかものすごく非常事態になっているのだ。

 「体育座りをすると、腹の肉がものすごく邪魔」……こんなふうに実感するようになったのは、はて、いつの頃からだったろう? 「すごく邪魔」ではなく「ものすごく邪魔」なのである。「体育座りをすると、腹の肉がものすごく邪魔です」友人に、こんな内容のメールをしたためたのは、あれは半年ほど前だったような気がする。気が付けば私は、家で体育座りをするたんびに「イラッ」とするようになっていた。膝を抱えて座ると、太ももと上半身の間で「グニャッ」と分厚い脂肪がグネる。そのイヤな感覚は、なんていうか「ハイチュウを10個くらい口に放り込んで、グニグニ噛んでるうちに、どんどんイライラしてくる」みたいな、なんだかそういう、「噛んでも噛んでも噛み切れず、歯茎に不快を感じる」といった具合の不愉快さに似ている。

 醜くグネる己の腹肉を、両手で鷲掴んで、雑巾を絞るように憎々しげに揉み込むと、どんどんイライラが増していく。いっその事、腹をかっさばいて、この手で全脂肪を掻き出してやろうかと思うほどである。風呂に入る時に全裸になれば、5歳の長男がゲラゲラ笑いながら、このブザマな腹を平手で叩く。叩かれるたんびに、私の腹はベチーンベチーンといい音を立てて、ダプンダプンと揺れるのだ。子どもの戯れだから見過ごしてやってはいるが、しかしこんな事、万が一、自分の亭主にやられたら、どうなるか。きっと、怒りにまかせてダンナの首根っこを鷲掴みにし、頭を風呂のお湯にブチ込んで、溺死させてしまうかもしれない。(暴れる夫の頭をお湯に沈める、鬼の形相の妻をご想像下さい)

「……ああ、こんな事態に陥らないためにも……」

 ……殺人者になって、家庭崩壊させないためにも、私は、増えすぎた体重を減らさなければならない。私の腹の肉が無惨な状態になった原因。それはもう、痛いほどによくわかってる。

「夜9時以降に飲んだり食ったりしてたから」

 もう、これに尽きる。「夜遅くの食事はデブの元」なんて、常識中の常識だというのに、それなのになぜ、こんなバカな事をやらかしてたかというと、「小さい子どもら3人と一緒だと、ぜんっっっっっっぜんメシなんて食ってらんねぇ」……とにかく元凶はコレなのだ。ヤツらと一緒にメシを食おうとしても、「ぎゅうにゅう、おかわり」「みず、ちょうだい」「アレもっとちょうだい」「コレたべたくない」「ウルトラマンのスプーンじゃないとイヤだ」「ねぇねぇ、いっしょにウンチいこ~~」等々、矢継ぎ早にあれやこれやと要求をつきつけられ、こっちは下僕のように台所とテーブルを行ったり来たりして、挙げ句の果てには「あ、こぼしちゃった」と、思いっきり味噌汁やら牛乳をドバァ。

 まったく寺内貫太郎じゃないが、毎回毎回怒りにまかせて「思いっきりテーブルをひっくり返したい衝動」に、かられるわけである。それで仕方なく夫と二人、子どもらの食事が終わった後に食べるようにしたのだが、「なにたべてんの?」「ぼくもそれたべる」「もっとちょうだい」「おなかすいてきちゃった」と、ワラワラとまるでゾンビのようにたかってくるので、結局、台所で立ったまま、コソコソと隠れて食べるようになってしまい、しかしそれにもいい加減嫌気がさし……それで結果的に、子どもらを寝かしつけた後に、なんだかまぁ、ストレス的なドカ飲み&ドカ食い。これで太らないハズがない。

「今年の夏は、去年の夏と違うわ」

 一昔前のアイドルの歌謡曲みたいなフレーズが頭をよぎる。本当に。去年の夏によく着ていた、アニエスb.のワンピース。今年着てみたら、いきなり似合わなくなっていた。鏡に写る自分を見て驚愕。完璧に「オバさん」、なのである、体のシルエットが。そりゃ、来月44になる中年女である。子ども4人も産んでる体である。「オバさん」でないハズがない。私の二の腕や背中、腹周りからは、オバさん特有の「ふてぶてしさ」が漂っている。それはある意味「発酵臭」のようなものである。若い娘からは「青臭い生臭さ」が漂うが、若くない女から漂う匂いは「発酵臭」だ。外見がふてぶてしくなってるんだから、当然中身もふてぶてしくなってる。

 20代の頃は1人でラーメン屋なんて行けなかった。それが今では、全然1人で行けるようになってる。しかも、瓶ビール手酌で、飲みながら1人ラーメン。回転寿司だって当然行けなかったわけだが、ラーメン同様、瓶ビール手酌で飲みながら、1人回転寿司、全然平気である。図太くて、ふてぶてしい女になってはいるが、私、多分相当気楽になったのだ、中年になって。

 若い頃は、世の中の男全員に「可愛い!! と思われなければならない」と信じ込んで生きてきた(これを夫に告白したら「それ、病んでるよ」と言われた。病んでるんでしょうか、こういう思い込み)。しかし、中年になったら、そんな呪いから随分と解放されて楽になった。だって、今さらどうなんだ? 四十(しじゅう)を過ぎた女が、若い娘と同じ土俵に立って、今だ現役よろしく「愛され願望満々」みたいな上目遣いでいるのは、かなり不気味な絵ヅラである。この、気楽になった感覚は「女を捨てた」というのとは、ちょっと違う。私は別に、女を放棄したわけではない。ただ、立つ土俵が別の土俵に変わった、というだけの話である。

 結局、体重増加の原因を、子どもらのせいにばかりはしてられないようである。中年になって、めんどくさい思い込みから解放されて、なんとも清々しく身軽な気分を味わってるが、しかし体の方は。……ドッテリ、ボッタリ、ふてぶてしくなっている。バランスをとるのはなんとも難しいもんである。

 さて、この原稿を書いてる今も、茶の間からは子どもらの泣きグズる声や、夫がブチキレてる声がする。平日は保育園に行ってるからまだマシだが、休日ともなると……「今日の夜は、子どもらが寝静まったら◯◯を食べよう」そんなふうに、目の前にニンジンをぶらさげないと、1日が乗り切れないって、こんなんじゃいつまでたっても痩せないだろう。私の体型が「それなりに普通」になる日は、一体いつになるんだろうか。

女の土俵はいくつもある

しぃちゃん

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