老いゆく親と、どう向き合う?

親に虐待された女性が見つけた「癒やしの旅」の羅針盤――「自分が本当に安心できる居場所」

2023/06/18 18:00
坂口鈴香(ライター)
Getty Imagesより

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 幼い頃から、両親に壮絶な虐待を受けてきた黒沢美紀さん(仮名・45)が受けた傷は、まだ癒えたわけではない。脳梗塞の後に自宅で転倒し骨折した父・昇二さん(仮名・75)とは、どうしても会わざるを得ないこともあり、会うと暴言を吐かれ、フラッシュバックを起こしそうになる。

 先日、美紀さんと夫がコロナに感染し、症状がひどくなった夫を病院に連れていくために、運転免許を持っている母・良江さん(仮名・70)に車を出してくれるよう頼んだ。昇二さんが絶対についてくることがわかっていたが、背に腹は代えられなかった。

心の中にいる「小さいことを気にしぃ虫」と「人の顔色をうかがう虫」

「母は本当に心配してくれて、すぐに車で駆けつけてくれました。医療センターに受け入れてもらい、1時間検査結果を待つことになりました。母は優しい言葉をかけてくれたのですが、父は『1時間も待つんか。けっ!』と」

 そして夫が陽性と診断された帰り道。

「母は車の運転はできますが、ものすごい方向音痴で、車にナビもついていないので、父に道案内をしてもらわないといけないんです。その間、父から母への暴言はすさまじく、またフラッシュバックが起こりそうなのを必死で耐えました」

 さらに、間違った道を教える昇二さん。見かねた夫が高熱でもうろうとしながらも、スマホで道を教えると、「ワシはいつもこの道を行っとる!」と怒鳴る。「お父さん、主人の言うことを聞いて」と言った美紀さんに、とうとう昇二さんがキレた。

「ワシの言うことが聞かれへんのやったら、どこへでも行けや!!」

 具合の悪い夫のことを思い、なんとか耐えてその場を乗り切った美紀さんは、その後良江さんに「お父さんにもお礼を言っといて」と伝言した。すると昇二さんは美紀さんに電話してきて、「コロナについてワシはこれだけ知っとる」と調子よくホラを吹いていたという。

 そんなことがあっても、美紀さんは昇二さんを思いやる。

「心配していましたが、幸い両親がコロナに感染することはなくホッとしました。あのとき、父も『娘の頼みだから』と母についてきてくれたんだろうと思います。そして本当は私と仲良くしたいのに、なぜ私が仲良くしようとしないのかわからないのかなとも思います。父がしたことが、どれだけ私を傷つけたのかまったく自覚していないのでしょう。性暴力も、父にとっては単なるいたずらだったのかもしれません」

 美紀さんは昇二さんに心を殺されながらも、ずっと気を使っていたのではないか。そう美紀さんに伝えると、「その通りです」という返事がきた。

「ずっと、親にも周囲の人にもすごく気を使って生きてきました。私は自分の中に『小さいことを気にしぃ虫』と『人の顔色をうかがう虫』を飼っているんです。昨年から『オープンダイアローグ』という心理療法の当事者スタッフとして活動させてもらっているのですが、自分が本当に安心できる居場所ができつつあって、その中にいることで、この虫さんたちが泣き止んでくれるのを待っているところです」

「癒やしの旅」の羅針盤「オープンダイアローグ」

 美紀さんは、表現力が豊かな人だとあらためて感心するが、それらもこれまでの過酷な人生の中で身に付けてきたものなのかもしれない。同時に、美紀さんが見出した居場所、「オープンダイアローグ」という心理療法とは何なのか、興味を持った。

 美紀さんに「オープンダイアローグ」とはどういうものか聞いてみると、長い返事が返ってきた。大変わかりやすかったので、美紀さんの言葉をそのまま引用してみたい。

「オープンダイアローグは急性期の統合失調症患者の新たな治療法として、今世界で注目を集めています。どうしてこの治療法がこれほどまでに統合失調症患者や、またさまざまな精神疾患の患者に有効なのかはわからないのですが、その方法はいたってシンプルで、ただただ対話をする。これだけです。

一番重要な点は『本人のいないところで本人の話をしない』。支援者チームは、本人がそれを眺めているところで、支援者複数人で集まり、その患者さんの言葉を受け止めて、患者さんの気持ちを掘り下げていき、もっと患者さんが自分のことを話せる橋渡しをするんです。そのために『リフレクティング』という方法を用います。支援者は1人ではなく、複数人がケアにあたる形をとります。患者さんと関わりのある、家族や近所の人なども対話の場に参加してもらいます。

直接患者さん本人にアドバイスをする等ではなく、参加者みんなで輪になり、患者さんたちのお話を聞き、一通り終わったら、複数人の支援者が支援者だけで輪になり、患者さんの今のお話を聞いて感じたことを、あたかも患者さんのうわさ話を患者さん本人が横で聞いていると言う形を作って、患者さんの話を深めたり広げたりするリフレクティングを行います。

1対1ではなく、なぜ支援者が複数人いるというスタイルなのかというと、1人の支援者が患者さんと向き合うと、そこに患者さんの主体性や意思が十分には大切にされない状況が生まれます。よく『言葉をお盆に乗せる』と表現されるのですが、複数人の支援者が患者さんの目の前でうわさ話をしているような場を作ると、支援者一人ひとりが『私はお話を伺っていてこう感じた』というアイメッセージを用いて、それぞれの言葉をその場に置き、患者さんはお盆に置かれたいろんな言葉の何を選び取っても良いという状況が生まれます。これは『ポリフォニー(多声生)』と呼ばれています」

 美紀さんは、以前のインタビューで「長い癒やしの旅の途中」だと言っていたが、その「癒やしの旅」の羅針盤となっているのがこの「オープンダイアローグ」だったのだ。

続きは7月2日公開

坂口鈴香(ライター)

坂口鈴香(ライター)

終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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最終更新:2023/06/18 18:00
そういう心理療法があるんだね
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