コラム
高橋ユキ【悪女の履歴書】

出刃包丁で143カ所ズタズタに――“うわさ話”に追い詰められた女の鬱屈【練馬・隣家主婦メッタ切り殺害事件:後編】

2020/03/21 17:00
高橋ユキ(傍聴人・フリーライター)

 ほころびが表面化したのは事件の前年7月。友子は精神科にかかり、医師にノイローゼと診断されていた。しかし、周辺住民はその前から、友子を“異分子”と見ていたふしがある。こんな声も聞こえてきたからだ。

「自分は高学歴ってのを鼻にかけていた。そのくせ生活はだらしなくて、子どもにも平気で汚れた服を着せていた」

「道で出会っても、ロクに挨拶もしなかった」

 そのうえ、友子夫妻の“不仲ぶり”は、もはやご近所では周知の事実でもあった。家からは、毎夜のように夫婦喧嘩の声が聞こえ、時には「殺すなら殺せ!」という友子の絶叫が近隣に響き渡ることすらあった。夫の勤務先が遠方になり、家を空けることが増えたため、近所では「ダンナさんには女がいて、あまりかまってもらえず、別居までしてたらしいわよ」とうわさ話に花が咲く。さらに、友子の実母も

「青木は、離婚したいということばかり言ってきました。友子のほうは主人にかまってもらえない、と泣いてくることもあり、体のあちこちにアザをつけてきたこともあった。黙っておけば、夫婦だからなおる。お前が辛抱しさえすれば丸く収まる、といい聞かせては帰したんです」

と、不仲を認める。そして事件前年の暮れのある夜、友子の夫からこんな電話があったことも明かした。

「あんなバカをくれて! そちらへ返すから、明日とはいわん。いますぐ迎えに来てくれ」

 その夫は、夫婦喧嘩の最中に、友子にこう言い放ったことがある。

「少しは隣の奥さんを見習え」

 近所の住民がこれを立ち聞きしていた。

 友子は、このように夫婦の衝突が外に漏れていることや、住民らのうわさ話を知っていたのか。それとも夫の言葉が呪いのように彼女の心を締めつけていったのか。“見習え”と言われた隣家の明子さんは、家族と共に順風満帆な日々を送っている。

 いつからか友子は、明子さんを単なる隣人ではなく、ライバルとして注視するようになり、最終的には自分の生活を妨害する「首謀者」だと思い込んでいった。

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