【連載】オンナ万引きGメン日誌

鮮魚チーフは弁当泥棒、それでも店長は見て見ぬ振り……Gメンが地団駄を踏んだ「内引き」事件

2019/09/07 16:00
澄江

鮮魚チーフが内引きも……店長は「俺からは言えないよ」

 まだ閑散としている店内の巡回を始めると、調理室の中で魚を捌く鮮魚チーフの姿が確認できました。どことなく朝潮(現・高砂親方)さんに似ており、大柄ながらも愛嬌のある表情で真剣に魚を捌く姿を見れば、とても不正行為を働くような人には見えません。

 事前に確認したところ、従業員の買い物はバッジを裏返して買い回り、一般のお客さん同様、レジに並んで精算することになっていました。精算後は、購入した商品かレジ袋に、そのレシートを貼付しておくのがルールです。マキちゃんからの情報によれば、鮮魚チーフの休憩は午後1時半頃からだったとのこと。私の昼食時間と被りますが、空腹凌ぎのチョコレートを頬張りつつ、そのときに備えます。

 情報通り、午後1時半を過ぎてお昼休みに入った鮮魚チーフは、この店で売られる弁当の中で一番高価な幕の内弁当(698円)を皮切りに、マグロ三色丼(598円)、からだ健やか茶W(148円)、缶コーヒー(78円)、シュークリーム(205円)を手に取り、そのままバックヤードに持ち込みました。売場から持ち出す食べ物の量と、体の大きさが比例していて、その犯行に説得力のようなものを感じます。入店証を胸につけてバックヤードに入り、気付かれぬように後を追えば、事務所脇にある従業員専用の休憩室に入っていく大きな背中を確認。わずかに時間をおいて休憩室に入室すると、電子レンジで幕の内弁当を回した鮮魚チーフが、マグロ三色丼を食べ始めるところでした。従業員に対する声かけは、クライアントの担当者か店長の許可が必要です。太い指を駆使して、マグロに醤油をかけた鮮魚チーフが、丼にかじりつく瞬間を見届けた私は、早足で事務所に向かいました。事務所内で、特売の値札を作っていた店長に、一連のことを報告します。

「え? ウソでしょ? チーフは自分の上司だから、俺からは言えないよ……」

 報告を聞き終えた店長は、険しい表情で腕組みすると、どうするかなと呟きながら対応を思案しています。

 しばらくの間、沈黙の場が続くと、昔のプロレスラーのような雰囲気を纏った男性が、発注伝票を持って事務所に入ってきました。小柄ながらも強面な方で、日焼けした筋肉質の体に短めのパンチパーマが、とてもよく似合っています。

「なんだ、お前。浮かない顔して」
「あ、チーフ! ちょっと相談いいですか?」

 この男性は、精肉部のチーフで、雰囲気から察するに鮮魚チーフの先輩にあたる方のようです。ここだけの話だと、店長から一連のことを聞き終えた精肉チーフが、眉間にシワを寄せて言いました。

「あいつに言うのはいいけどよ、もし辞めることになったらどうするんだ? ただでさえ、人手は足りないんだぞ」
「それは、困ります! でも、どうしましょうか……」

 同行してくれれば、私が声をかけると伝えてみましたが、二人は腕組みして唸ったまま許可を出してくれません。結局、防犯カメラの映像と私の報告書を持って、改めて本部の判断を仰ぐこととなり、この日の声かけは見送ることになりました。持ち込んだ商品を、全て食べ終えた鮮魚チーフは、なにも知らないまま現場に戻って、普段と変わらぬ様子で仕事を再開しています。

新品本/万引きGメンは見た! 伊東ゆう/著
今後、鮮魚チーフVS精肉チーフみたいな展開になったりするのか
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