「らしさ」の呪いをはねのけろ! ヒップホップと多様性をめぐる対談/あっこゴリラ×荻上チキ

「女の子はラップすんな とかゆう男どもFuck youだ」。2017年6月に発表された「ウルトラジェンダー ×永原真夏」は、ミソジニー(女性蔑視)にはっきりとカウンターを打ち出し、音の上では何もかも乗り越えて全員が平等なのだと宣言した「人間アンセム」だ。歌っているのはあっこゴリラ。ラッパーである。

ヒップホップの現場に色濃くあらわれる差別に異議を申し立て、社会に変革をもたらそうと動くラッパーが今、増えつつある(「フリースタイルダンジョン」でシーンのミソジニーを喝破したラッパー・椿の“人生を使ったカウンター”)。「女らしさ」「男らしさ」の枠に苦しむのはもう終わりにして、「私は私だ」と胸を張りたい――。そんな逆境を跳ね返す意志が、新しい流れを生んでいるのだ。

評論家・荻上チキは、学生時代にヒップホップを愛聴し、数年間ほど遠ざかっていたと話す。久しぶりに聴いたヒップホップには、サウンドの変化に魅かれる一方、政治的センスがなかなか更新されない状況を実感していた。

「呪い」をかける言葉に満ちた社会をいかにサバイブし、いかにアップデートしていけばよいのか? それぞれの立場から問題提起を続ける二人に、フェミニズムや思想の歴史を辿りつつ、新時代の「多様性」について語り合ってもらった。

あっこゴリラの原風景

荻上チキ(以下、荻上) そうそう。実はこの対談のオファーが来たとき、ちょうどあっこゴリラさんの曲を聴いていたんですよ。

あっこゴリラ(以下、あっこ) 本当ですか!?

荻上 そう、すごいタイミングで依頼が来たなと思いました(笑)。僕は大学生時代によくヒップホップを聞いていて、ここ数年は少し遠ざかっていたんです。でも、最近また聞き始めてみたら、サウンドがダイナミックに変化を迎えていて、とても面白いなと感じました。リリックのセンスも、スキルの巧みさも、フローのレパートリーも全然違いますね。一方、メッセージ性、つまり政治的なセンスに関しては、更新されていない部分、更新されにくい部分はあるとも思います。そんな中で、あっこさんの曲はすごくハイセンスだなと。最初に聞いてみたいのですが、「考え方」を身につける原体験ってありますか?

あっこ ありがとうございます。原体験……18歳か19歳の頃ですね。

私は長いこと孤立していて、女友達が初めてできたのが小学5年生の時でした。その時「社会ってこういうものなんだ」とわかって、17歳ぐらいまではずっと自分を抑えて友達グループに合わせる努力をしてたんです。でも「社会」に流されながらも違和感は抱えていて……。周囲に馴染むために空気を読んで他人の評価を気にして苦しくなっていた時に、小学生以来遠ざかっていたドラムを再開したら、ドラムを叩いている瞬間だけは全てを気にせずにいられました。それ以降、少しずつ「自分はどうしたいのか」に重きを置くようになったと思います。

荻上 その時期に手にした言葉のなかで、印象深かったものはありましたか。

あっこ その頃はたくさん本を読んでいたんですけど、前向きな本よりはむしろ「世の中は無常!」って言っているものの方が信用できましたね。坂口安吾さんとか、あとは色川武大さんとか。退廃的なものを見て安心していた気がします。

荻上 その感覚はわかります。僕もホラーとかゾンビとかスプラッター映画が好きなんですが、その理由は「みんな平等に死んでいくから」なんですよ。現実に違和感を覚えた時、想像上の世界を通じて、自分の部屋を作ってくれるのがカルチャーだと思います。

例えば学校ってとても窮屈で同調圧力が強くて、みんな右向け右でお互いを採点しあって……という超監視社会ですよね。でも学校が終わったら急にまたルールが変わって、「個性を発揮しなさい!」って言われる。社会に出たら今度は、「個性を発揮するな」と怒られますし。

あっこ 本当におかしいと思う。システムが狂ってますよね。

荻上 そんな中で生きていると、「日本人ならこうだ」とか「女性ならこうだ」のような言説にたくさんぶつかりますよね。あっこさんもきっとそういう「呪いの言葉」に苦しめられてきたと思いますが、どうやって解除してきたんでしょうか。

あっこ 呪いは今も解除してる最中ですけど、やっぱりラップです。ドラムは私にとって「何も考えなくていい世界」で、自分が封印してきた疑問をすくい出せる場所ではありませんでした。でもラップは、ひっかかりや違和感を地に足をつけて言葉にしていきます。自分がかけられている呪いに気が付くこともある。だからラップが間違いなく私にとっては救いだったんです。

私は私でありたいだけ
荻上 人が日常を暮らす中で、何かを表現するために手元に落ちている石を拾ってしまってそれを即座に投げる、みたいなことはよくあると思うんですよ。拾った石に呪われることも、その石で他者を否定してしまうことも少なくない。評論家は、言葉をあちこちに置いてくる職業で。全ての言葉には思想が埋め込まれているので、そのへんに落ちている粗悪な石をましなものに変えていく。でもこれは、アーティストのリリックも同じですね。

あっこさんの曲「GREEN QUEEN ×PARK GOLF」の中に、「きみだけのクイーン」ってリリックがありますよね。あっこさんの歌詞は自己肯定の言葉を提供するもので、ラブソングとはまた違います。他方で、同じ歌詞を、ラブソングとして使う人っていますよね。その場合、一対一のモノアモリーな、特に異性愛の恋愛スタイルが前提になっていることが多い。同性愛、非モノアモリーなスタイルで恋愛をする人、あるいはアセクシュアルな人が「捨象」されるようなことにもなる。

詞の前提に特定の価値観がある以上、その歌詞がリーチする人としない人がいるんですよね。言葉選びの一個一個全ての中に実は思想が紛れているので、言葉を自覚的に使うためには言葉のルーツや思想的背景を知る必要があるし、自分自身と向き合わないといけない。

僕の思想の原体験のうちの一つは、大学時代にいろんな映画と文学に触れたことでした。『ハッシュ!』とか『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』とか、作品の中ではセクシュアルマイノリティが当たり前のように出てくるのに、自分の周りでは価値観の多様性を受け入れない人たちがたくさんいる。作品と現実が全然違うという壁にぶち当たったんです。自分が好きな作品に出てくる価値観が社会の中ではまだまだ希少なんだと知った時に、自分が社会に適応するのではなく、自分に合わせて社会を変えたいと考えるようになりました。自分が自分でいられる社会を作りたいと思ったんです。

あっこ ああ、間違いないですね。最近仲間がみんな同じこと言うんですよ(笑)。「らしさ」をおしつけられることが一番息苦しいって、よく話しあってます。

荻上 ヒップホップにはレペゼン(注・代表)文化がありますから、自分がレペゼンするものの「らしさ」を自分で武装する人は多くいます。それは自分を型にはめていく作業でもありますよね。「ジャパニーズ・ヒップホップなんだから日本語でラップしろよ」って昔コッタさん(注・Kダブシャインの愛称)が言ってましたし、それはラップに多様性をもたらすチャレンジでもあったと思うんです。で、時代が変わり、今はマルチルーツのラッパーはたくさんいますから、今や日本語だけが「ジャパニーズ・ヒップホップ」だとは言い切れない。

うちなんちゅーの言葉、あるいはアイヌの言葉、あるいは海外の言葉であったとしても、「それも日本人じゃん」という目線は導入しうるものですよね。欧米化だけではないやり方でジャパニーズ・ヒップホップの可能性を模索しようという当時の時代的な意義がある一方で、その次の世代はさらにカウンターとして新しいスタイルを提示できると思うんです。

あっこ そうですね、どんどん多様になってますよね。もっと進んでほしいです。

荻上 先ほどあっこさんが、「『らしさ』をおしつけられることが一番息苦しい」とおっしゃっていて思い出したのですが、フェミニズムを叩く人って2つの自由を混同していることが多いと思います。

あっこ どういうことですか?

荻上 「自由をめぐる議論」には二つのケースがあって、「○○からの自由」と「○○への自由」に分けられます。これはリベラリズムからのいち解釈ですが、フェミニズムの場合「女性性からの自由」と「女性性への自由」を通じて、「自分であることの自由」を求めてきました。

例えば女性の賃金の議論で「男並みになりたいなら男並みに働けよ」と言う人がいるけど、男女では体の条件が違うわけですから、当然違いを踏まえた合理的な配慮が必要になってくることもありますよね。それで女性が生理を理由に休暇を求めると、「平等になりたいって言ったのに、フェミニズムは単なるわがままじゃないか」と叩かれたりする。でも、元の主張は「こうしろ」っていう世の中のイメージ「からの自由」をめぐる議論だから、論点がずれてるんです。

あっこ 本当にそうなんですよ! 私が大声でがなっているのを見て「男勝り」と言われたり、「女の子なのになんでそんな乱暴な言葉遣いするの? 格好良くないよ」っていう女性もいるわけですよ。で、その考え方自体は全然その人なりの美学なんだし、それはそれでいいと思う。でも女の子みんながセーラームーン好きなわけじゃないでしょ? 私は『セーラームーン』が大好きだけど、でも『グラップラー刃牙』と『ドラゴンボール』も大好き(笑)。「かわいいもの大好き!」と「かっこいいもの大好き!」は私の中では全然矛盾してないんです。別に男らしくなりたいとか、男になりたいとか、男に負けたくないとかじゃない。「女の子はこう」っていうのがしっくりこないんです。私は私でありたいだけ!

荻上 そうですよね、二元論になんでも回収するやり方は本当に遅れていると感じます。

さっきの自由の二つの議論ですが、例えば「女性だってセックスは楽しんでいいじゃない!」と言って、アフターピルやセックストイなど、セックスポジティブなものを獲得しようとする活動があります。「セックス“への自由”」ですね。その一方では、「セックス“からの自由”」をテーマに、ポルノやハラスメントを拒否する活動もある。この二つの自由はバランスの問題ですけど、結局何を求めているのかといえば、「自分が自分“であることの自由”」です。フェミニズムの文脈では「女」という要素が注目されますけど、人は女や男としてのみ生きているわけじゃない。「ゲーマーとして」とか「30代として」とか、いろんな枠組みの中でいろんな自由を選択していって、最終的には「誰かの自由を侵害するべきじゃないね」ということと同時に「誰かに自由を侵害されてるかもしれない」と気が付きます。

あっこさんの表現も、あっこさんが獲得しようとしている自由のビジョンがサウンドとリリックになり、リスナーはそこから言葉や価値観を獲得するわけですから、あっこさんが呪いを解いた経験を皆でシェアする形になりますよね。それってとてもクールで、「自分が自分でいる自由」を求めるリスナーに、強いパッションを与えるものだと思います。

あっこ 結構自分も鈍感になってしまっていた時期があったので、自分自身に向かって呪いを一個一個解く作業は意識してやってますね。

荻上 差別に鈍感な風潮は社会からすごく感じます。この前Twitterで「W杯のセネガル代表は誰が誰だが見分けがつかないからマークができなくて強い」みたいな内容のツイートが10万とかRTされて、そこに「www」みたいなリプライがいっぱいぶら下がってたんですよ。リプをしている人たちが「それ差別ですよ」と指摘されても何が悪いのか分かっていなくて。皆「面白い」というだけで気軽に差別を拡散してしまってるんです。

あっこ えーっ、人種の問題に関してはかなりシビアになってきていると思うんですけど……まだそんな感じなんですね……。

荻上 文脈の伝わらなさに驚きましたし、まだ差別に対する感覚をなかなか持ちにくい社会なのかもしれない、と思いました。そこをクリエイティブのところから突破していって、「正しいから」ではなくて「かっこいいから」差別をやめよう、という形もいいと思うんですよね。

あっこ いや、本当そういうことですね……。正しさを押し付けるんじゃなくて、「そういう差別とかダサいよ。こっちのほうがかっこよくない?」って提案するのは私の役目なんだと思います。自分が自分でいることが一番かっこいいと伝えたい。

荻上 とても上手に楽しくファック・サインを出そう、みたいな。

あっこ あーそういうことですね、私に関しては。

MCバトルと差別
荻上 ヒップホップはいま、テレビ朝日の『フリースタイルダンジョン』を筆頭に、MCバトルへの注目も集まっていますよね。あっこゴリラさんも過去にいくつかの大会に出ていました。

ただMCバトルを見ていると、しばしば思想のチープさが気になることがよくあるんです。相手の攻撃がどんなものであっても全部自分のペースに持って行って勝つ、というラッパーの「自分のペース」が、ミソジニーやホモフォビアなど、相手を差別的な定型に落とし込むものだったりすることもある。相手を倒す定型があるからこそ強いとも言えますが、それでは思想がいつまでたっても更新されません。とてもバトルで韻踏み上手・煽り上手な人が、吐く言葉は化石、ということも珍しくはない。

もちろん、相手に合わせてその都度定型を壊して価値観を更新しようとするとなるとすごくオフェンシブではあるものの、言葉を毎回作らないといけないわけですから、即興のラップバトルで勝てるかと言うとまた別なのだと思いますが。

あっこ そうですね……私はMCバトルのフィールドにある価値観を更新していこうという気持ちはないんですよ。果てしなさすぎるから。そこは同志の椿に任せてます(笑)。バトルも去年1月に引退しました。私はバトルに憧れてラップを始めたわけじゃないんです。何もなかった頃に「仕事があれば何でもやる!」ってしがみつく思いでバトルに出たんです。そんな中、少しずつ自分を獲得していって、「もう大丈夫だな」って思った時に「自分を獲得する」ことを曲にして届けたいと感じたんです。

荻上 フリースタイル系よりは、自分の世界観を構築して生き方を示すコンクリートスタイルなんですね。もちろんバトルって、相手の価値観をばっと提示されるので、何が社会の壁なのか、どんな社会の壁をどのラッパーが宿してしまっているのか、という気づきがあると思います。

あっこ そうですね、バトルは気づきのきっかけでした。それまで私は抱いていたはずの違和感すらも封印してきたので、MCバトルの現場で初めて「私はこういうことを無視して生きてきたんだ」って少しずつ気づかされたんです。自分では「カウンセリング」だったと思ってます。

バトルの現場では、何度も「ブス」って言われました。女に対して「ブス」っていうだけで、会場はめちゃくちゃ盛り上がるんですよ。もうバカみたいに爆笑の渦。そこで私が「ブスじゃねえ、中の上だよ!」って言ったらまたバッコーン! って盛り上がるわけで……。でも当時は盛り上げるために嫌々言っていたんじゃなくて、その時本気で自分のことを「ブスじゃなくて中の上」だと思ってたんです。今思えば呪いにかかってたんですね。途中から「こんな物差し、もうどうでもいいよな」って思って、「ウルトラジェンダー」でもその時の決別をリリックに盛り込みました。

荻上 壁にぶつかって思想を更新するっていうのは、新しい思想が生まれる歴史と全く同じですね。

絶対王政で王様がいて、「王が全部仕切るのはおかしいよね」と言って民主主義や自由主義が誕生します。そして市民が政治に参加しようとした時に、「その“市民”って、納税している男だよね」という批判が出てくる。「女も参政権を持っていいんじゃないか」「何で共産主義は平等を求めているのに私たちは男の後ろでおにぎり握らなきゃいけないんだ」と、既存の自由主義・共産主義などの性別不平等を指摘したのがフェミニズムです。

こんな風に、壁にぶつかるたびに「この壁を壊さなきゃ」って誰かが気づく。それで壁を壊したプレイヤーが、実はまた後方に新しい壁を作ってしまう、それをまた別の人が壊す……という仕組みでどんどん新しい思想が誕生していくんですね。フェミニズム運動の中でも学歴やルッキズムの問題が浮上したり、セクシュアルマイノリティや障害者の権利獲得運動が発生したりしました。

あっこさんは、まず自分が「ブス」と評価されることに対してルッキズムの枠組みに乗って「中の上だよ」とカウンターを張っていたんだけれど、ルッキズムに縛られること自体が自分の個性をものすごく狭めていると気づいた。思想をアップデートしていったわけですね。

あっこ そうですね。今はフリースタイルやMCバトルについては考えてなくて、「もっといろんなやり方があるはずだよ!」ってポジティブな世界観を提示できる曲をじっくり考えながら作りたいです。自分自身にかけられた呪いをちゃんと解きたい。だから「昔の自分にこれを言ったら自分が何に苦しんでいるか気づけるんじゃないかな」って思える表現をすごく意識して曲を作ってます。

今はとりあえずトライを繰り返してますね。私も答えはやっぱり分からなくて、海は見えるけどその川はどうしたらいいかわからないって感じ。バトルは特にそうで、手に負えないから「椿、任した!」って思ってます。

レペゼンと世界
荻上 あっこさんは海外ってよく行きますか?

あっこ あっこゴリラを始めてからは5カ国ぐらい行きましたね。言葉は喋れないんですが、気持ちは全然伝わったし友達もいっぱいできました。

荻上 曲は、リズムやポリティカルセンスにグローバルな視線をインストールしている印象がありますが、どうしてそれができたんでしょうか?

あっこ 自然に身についたのかもしれません。私、最初にアフリカに行ったんです。ルワンダ、カタール、エチオピアとか。で、その時にここでは言えないほど色々と大変なことがあって、たった一人になっちゃったんですよ。もう人生最大のピンチ、最低最悪の気分。「私は全てを失った!」と思って、パニックに陥って壁に頭を打ち付けてたんです。「キエーー!」とか叫びながら(笑)。そしたら目の前にボールが転がってきたんで、「とりあえずバスケしよう!」と思ってバスケしてたんです。周りから「変なのがひとりでバスケしてる」みたいな目で見られながら。で、疲れたから今度はラップしようと思って、その場で日本語でラップしたの。日本語ですよ。そしたら周りに人が集まって、「ヘーイ!」って乗ってきたんですよ!(笑)

それで「あれっ? 何だか分からないけど、言葉じゃないもので繋がれた!?」と思って、衝撃を受けました。その後みんなでご飯を食べたんですが、全員国籍も文化も宗教も違う人の輪に混じって「いただきます」って言って口をつけたときに、分かってたはずだけど「私は日本人で、みんな同じ地球に生きてるんだ」と体感したんです。そこから徐々に徐々に考えるようになったかな。

荻上 それってフィジカルな感覚や空気感で一体感を得られた、すごくエモーショナルな体験ですよね。それを今度はラップに置き換えていくというとき、言葉はどうやって拾うことを意識していますか。

あっこ 前までは自分の考えに一番しっくりくる言葉を探してたんですけど、人の数だけ解釈が変わるんだってちゃんと意識してなかったってことに気がついたんです。だから……うん、すごく考えるようになりましたね。

荻上 2000年代前半、まだYouTubeもTwitterもない頃に、一人のパレスチナ人がガザの現状についてラップした動画を見たことがあります。日本語、英語以外の海外のラップを聞くのはほぼ初めてでしたが、言葉は分からなくてもラップがかっこいいことは分かって、その動画がパレスチナについて調べるきっかけになりました。そういう「かっこいい」から世界が広がるロールモデルってあると思うんです。

ある特定の領域の言葉を繰り返すことで世界が狭まることもあれば、知らない言葉を乱射されることで世界が広まることもある。これはヒップホップに限らない話ですが、ある状況にいる誰かの身から出た言葉で発想が狭まるのであれば、それに対するカウンターとして別のシーンがあると提示できるような、俯瞰した評価を音楽業界やウォッチャーに期待したいと思っています。

あと、そういえばこの間、僕のラジオで「愛国ソング特集」をやったんですよ。

あっこ あはは!やばい!(笑)

荻上 RADWIMPSの「HINOMARU」が炎上してたので、内容を解説しました。歌詞自体は、まあ「好きに歌えば?」って感じだったんですけど、僕はレスポンスの仕方が気になったんです。「右でも左でもない」とか、謝った後にすぐライブで「国を愛して何が悪い!」って言うとか。その姿勢が、言葉を届けるものとしてすごくダサくて、なおかつ危険だと思いました。

「日本人として自然な感情」というのは、ア・プリオリに存在しないんですよね。どの言葉にも必ず何らかの思想性があらわれます。「自然に国を愛する普通の人」から見ると、国を愛するのが当たり前で、そうでない人は当たり前じゃないっていう線引きが生まれますよね。「右でも左でもない」って言うと、今度は「自分こそがセンターだから自分を批判する奴はセンターじゃない、偏ってる」って言ってることになります。

RADの野田洋次郎は、壮大な世界を語る言葉と、身近でミニマムな言葉とで、ナイーブな感情をユニークに表現する優れたクリエイターで。でも彼にしても、国という共同体を語ろうとすると、突然言葉も借り物の陳腐さをまとってしまった。

ヒップホップだと、プレイヤーが自分でレペゼンできる範囲を自覚した上で、ボトムアップで考えていくじゃないですか。国という枠組みに繋がる人も中にはいるけれど、足場を作って語る以上、借り物ではない自分の言葉を探して韻を踏んでいく。中規模な共同体のことしか歌えない状況を打破するためにも、「自分の言葉を探す」作業自体がカウンターになるんじゃないかなという気がしますね。

言葉の系譜とフェミニズム
荻上 普段はどのようなフィクションを鑑賞していますか? 歌詞の中でスターウォーズの話が出てきますけど、映画お好きなんですか。

あっこ あっすいません、私そんなにカルチャー系強くないです(笑)。映画もあんまり見てないんですよ……最近は『ブラックパンサー』『シェイプ・オブ・ウォーター』、あとは『スパロウ』ぐらいかな。それ以来映画館行ってないです。カルチャーからはめちゃくちゃ影響を受けますが、パッションだけ保存して内容はすぐ忘れちゃいますね。

荻上 それはすごく見てるほうだと思いますよ。今挙げた映画って、わりと現代を象徴する3作品だと言えると思います。

あっこ 確かに全部マイノリティの話ですもんね。

荻上 『ブラックパンサー』は黒人ヒーローの話、『シェイプ・オブ・ウォーター』は魚人の恋愛、そして障害にまつわる話でも。『スパロウ』は従来の「スパイ」のイメージを踏襲しながら、それを解体していく物語でしたね。今のハリウッド映画って、王道が王道を覆す現象が頻繁に起きてますよね。日本でも個別のカルチャーシーンでは少しずつ変化が起こっているように感じます。

あっこ 何だっけ、話題になってたドラマありましたよね……そう、『逃げるは恥だが役に立つ』! 『逃げ恥』は漫画を読んだんですよ! あれも契約結婚で、家事代行として雇用されていた時はもちろんお金をもらっていたけど、実際に結婚したら無料で同じことをしなくちゃいけないのはなんでだろうとか、すごく今っぽい疑問が出て来ましたね。キラーフレーズのある作品だった。

荻上 あの作品の中に「やりがいの搾取」って言葉が出てきますが、それって15年ぐらい前に教育社会学の本田由紀さんとかがよく使っていたフレーズなんです。ただやっぱり研究者の言葉なので、世間にはなかなか広がらない。ところがガッキーが言ったら一気に浸透していった。物語の力は強いですね。学者やアクティビストが10年前とかに作って温めていた言葉が、ある瞬間にパッと広がる、みたいなことがある。

この間NRA(注・銃規制に反対する団体)に反対するイベントで、マーティン・ルーサー・キング牧師の孫娘が「私にも夢があります」と銃規制を訴えるスピーチをして話題になっていました。アメリカの演説カルチャーを見ていると、言葉の引き出しが受け継がれているのをすごく感じますし、ヒストリーを紡ぐというのは大事だなと思います。

あっこ そういうことなんですよね。私が違和感に気づくもっと前から気づいていた人がいて、そういう人たちの軌跡を受け継ぎつつ、我々は我々でまたそこに違和感があったりして、さらに未来に向けて考えていく、っていう流れの中にいると思います。

荻上 昔は今よりも、テレビの一般向け討論番組でよく田嶋陽子さんというフェミニストの方が出演されていましたが、当時のアカデミックなフェミニズムは田嶋さんをなんとなく過小評価する傾向にありました。でも、田嶋さんがいなかったら届かなかった言葉がたくさんあったと思うんです。一人で前線に立っていた田嶋さんのアプローチを、自分がテレビに出るようになってからは特に尊敬しています。

あっこ 私はフェミニズムって言葉を語るには勉強不足ですけど、本当にそうだと思います。先を行く人が積み重ねてきた歴史があって今があるって理解するまでは、本当は同じ理想を持ってるはずなのに「あれはダサい」「あれは違う」と反発してました。今はきっと自分も他のフェミニストたちも同じことを考えていて、表現方法が違うだけなんだろうなと思います。

実は今年になってから、椿とか女性のラッパーとすごくよく会うようになったんです。変な話、椿と私って最初はバチバチだった。ずっとお互い「あなたのやり方は違う」って思ってました。仲良くなるきっかけは一年前のシンデレラMCバトル(女性ラッパーのみのMCバトルの大会)だったんですけど、そこからすぐ仲間になれたわけではないんです。

MC バトルの現場って本当に女の子がいなかったんですよ! いたとしても誰かの彼女で、一人でバトルしに来て一人で帰って、みたいなことをしていたのは当時、私と椿ぐらいだった。自分を立たせなきゃって気を張ってると謎に対立しちゃうんですよね。女性ラッパーは「女性枠」でまとめて語られてしまうから、「あいつとは違うんだ!」って反発心が湧くしね。

2017年の頭に、FUZIKOさんっていう最近女性と結婚したラッパーの方と、椿と私の3人で『フリースタイルダンジョン』に出たんです。その時すでにFUZIKOさんは(今のHIPHOPの女性を取り巻く状況について)「みんなに気付かせたい」って言ってたんですけど、当時は椿も私もその言葉の意味がわからなかったんですよ。で、1年経ってから椿も私もやっと理解した。そういう現象が繋がったおかげで、今年に入ってから女性ラッパーが一気に集結してるんです。

今のシーンは目の前の問題に正面から向き合ってないと思う。最近ガンビーノ(注・Childish Gambinoが発表した「This is America」はアメリカ社会を強烈に風刺したことで話題になった)が流行りましたけど、みんな騒ぎすぎなんですよ! 結局ずっとアメリカの話にばっかり食いつく! 私はもう自立したいですよ。私は自分をちゃんと取り戻したい。

「THIS IS ME」で新しいリアルを作る
荻上  『グレイテスト・ショーマン』の劇中歌「THIS IS ME」という曲が好きなんですが、そのワークショップがYouTubeに上がってるんです。ぜひ見てほしい。

あっこ 「This is me」? めっちゃくちゃいいタイトルですね!

荻上 『グレイテスト・ショーマン』はサーカスを作った男の人をモデルとした映画で、主人公は障害者やクィアなどの「フリークス(変わり者)」を集めてショーをするんです。成功を収めて社交界に進出し、いろんな人にちやほやされるんですが、サーカスの仲間たちがハレの場に「行きたい」と言っても、主人公は仲間を恥じて追い出してしまう。ショックを受けた仲間たちが、それでも自分たちは恥じないと言って立ち上がる時に流れる曲が「This is me」です。

この曲のワークショップバージョンの動画が僕はとても好きなんです。映画の撮影が始まる前に、最初にみんなで練習する様子を映したビデオですね。これです。

(動画を視聴し始める)

荻上 「これが自分だ」と言うために、例えば「日本人」とか「女」とか、そういう借り物の言葉ではなくて、もっと色々な表現を使っていいんだということを、ミュージカルの世界はずっとトライ&エラーしてるんですよ。抑圧された悲しみを歌って、その抑圧をどう解放したのかをその後歌うのはミュージカルの王道です。ヒップホップもいかに「This is me」と言うのかを模索してきたジャンルですよね。

あっこ いや、素晴らしすぎる。私にとっての「This is me」がヒップホップなんですよ。

「自分」は、誰でも誇れるはずなんです。だけど私はそれを許してなかった。自分は自分でいいんだって思えるようになったきっかけが、私にとってヒップホップだった。ああ、これ家で一人で見たら泣いちゃうかもしれない……。やばいですね、私にとってのヒップホップは「This is me」だし、私が表現したいことも「This is me」です。間違いない。

(動画を見終わって)

私にはお兄ちゃんがいるんです。周りに合わせるのが得意じゃないタイプで、「自分はみんなみたいにできない」「俺はダメだ」って今も思い込んでいます。私はお兄ちゃんをずっと尊敬してるのに、どんなにこっちが言葉を重ねても分かってくれないんです。それがすごく悔しい。そのままのお兄ちゃんがかっこいいと思って私はすごく救われたのに、なんでお兄ちゃんはそんな自分を恥じるようになっちゃったんだろうって。私もまだ心から自分を肯定できているわけではなくて、自分自身に言い聞かせてる最中なんですけどね。お兄ちゃんにいつか「あなたはすごい人なんだ」って分かって欲しいんです。

荻上 さきほど話した思想の発展って、言い換えると「セントリズム(中心主義)の克服」ということになると思います。今まで男性中心主義だったことで女性が周縁に置かれてきたから男性中心主義やめましょうといってフェミニズムが出てくる。でも初期フェミニズムは白人が中心で、女性の家事からの解放を主張したフェミニズムに対して「その家事を低賃金でやるのがあたしたちなんですけど」って黒人女性が声を上げて、ブラックフェミニズムが生まれました。今度はさらに、「今までの議論は健常者中心で障害者が想定されていないよね」という話になって、健常者中心主義を打破しようとする障害者運動の流れが生まれて行きます。それがフェミニズムとまた議論したり交流して……と、こうやって大きな社会のあり方を何かの中心から外していこうという動きで思想がどんどん更新されていくんですね。

例えば今の日本の憲法には「教育を受けさせる義務がある」とありますが、「学校に行く義務がある」とはどこにも書いていません。つまり国は学校以外の、教育を受けることができるオプションもちゃんと用意するべきなんですけど、今の日本は強固な通学中心主義で、学校に行かない子は「おかしい」と言われてしまいます。周りに合せるのが苦手な子もいますし、いじめなど様々な理由で学校に行きたくない子だっています。

アメリカやイギリスだと「ホームスクールエデュケーション」といって家庭でも学習できるオプションが用意されていますが、日本にはない。だからこそ「みんなと同じように学校に行けない自分なんて」と、「できない自分」を内面化してしまうんですよね。まだ今の社会には呪いをかけるシステムがいっぱい残っているし、呪いから解放されにくい状況が実は多く存在するわけです。

あっこ その通りだと思う。未来の社会はもっともっと多様でもっともっと自由になってると思うんだけど、まだ今は色々遅くて追いついてないですね。

荻上 学校には行ってないけど楽しく過ごしたよと言う人がいてもいいだろうし、「もし学校に行かなかったらきっと私はこんなに楽しい時間を過ごしていただろう」みたいな夢を歌う人がいてもいいだろうし。リスナーにマルチな選択肢を見せていくのはポップスターにしかできないことだと思うので、人生に生き方や欲望のレパートリーをどうやって増やしていくのかという問題は多分今のクリエイターたちの課題なのでしょうね。

あっこ 私、「This is me」みたいな映像やワードって、今まで何度も見たことがあると思うんです。でも、多分理解してなかった。というのも、だってこの人たちは結局自己肯定できてるんだもん! ゴスペルシンガーが自分のつらい経験を本当に号泣して身をよじりながら歌うのを見ても、私は結局自己肯定する方法を見つけられてないから、自分の問題としては理解できなかったんです。でも、呪いを解き始めた今はすげーわかるの。

だから、「自分は自分だ」っていうメッセージをいっぱいいろんな表現方法でいろんな角度から出して、一人一人の気づきのきっかけになればいいなと思ってます。私も自分で書いておきながら「ウルトラジェンダー」に救われることが何度もありました。あの曲は自分を超えて出てきた気がします。自分自身も超えた、等身大のリアルというよりは「リアルを超えるリアルを作りたい」という意志なんだと思います。
(構成/正しい倫理子)

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