[官能小説レビュー]

SMは趣向ではない!? 有名作家が別名で書いた『私の奴隷になりなさい』

2011/09/24 21:00
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『私の奴隷になりなさい』(角川書
店)

 飲み会でお約束として飛び交う、「あたしSなの」「俺Mなんだよね」という話題。ほとんど自己紹介の延長みたいなものになっている。Sだと自己申告すれば、気の強いオンナをアピールできそうだし、Mだと言えば、なんとなく気弱なオンナだと思ってもらえそう……SとMって、一般的にはそんな表層の肩書きとしての認知度しかないのではないだろうか。

 S=サディズム、すなわち加虐性欲。M=マゾヒズム、被虐性欲。今や誰でも口にするようになったこの性癖は、フランス革命期に生まれた最も歴史あるプレイで、官能小説界の要とも言える。けれど現実は、真の自分はどちらに属するのかと言われると、主観や浅い経験を頼りに、漠然とどちらかに寄ることしかできないのではないか? SとM。この世界って、エロビギナーには語ることもおこがましいほど深く広く、底の底まで掘り下げてみると、ホントは薄い皮一枚での表裏一体なんじゃないかと思う。

 今回紹介する『私の奴隷になりなさい』(角川書店)、作者「サタミシュウ」名はペンネームで、その素顔は著名な作家である。一見別世界のようなディープなSとMの世界を生臭いほどのリアリズムで構築し、読者を圧倒的に引きつける文筆力がある。すっかりファンになってしまった私は、ついミーハー心が働いてしまい、顔馴染みの編集さんに「サタミシュウって、だれ?」って聞いてしまった。その正体を聞いて納得の、大物作家である。

 女性に不自由したことがない主人公「僕」は転職した出版社で、先輩編集者の香奈に一目ぼれする。「僕」は怪しい魅力を放つ香奈に翻弄されつつも、彼女が生きる、秘密の性の世界に足を踏み入れてしまう。最初は振り向いてもらえなかったのに、突然彼女から「今夜、セックスしましょう」と誘われ、一晩を過ごすことになる。その後も、突然に呼び出されては事務的なセックスをし、終わった途端に香奈は何事もなかったように去っていく、という奇妙な関係が続く。そんなある日、主人公「僕」は彼女の住む部屋に取り残され、不審なビデオテープを見つけてしまう。それは、彼女が見知らぬ男に調教されている姿――「マゾヒスト」である香奈の姿だった。

 すべてを語るにはあまりに薄い本。もっと知りたい、もっと読みたい、というところを端折っているので、ところどころ疑問を感じる部分が多々ある。たとえば、香奈が”ご主人様”と主従関係を結ぶきっかけとなったメールのやりとりと、一連の出会いの流れ。既婚者であり、亭主に対してまっとうな愛情を抱いている香奈が奴隷になったいきさつは書かれていない。けれど、人間の性癖のコアとも言えるSMの入門編としては、とても理解しやすい1冊ではないだろうか。

 この物語を的確に表した”ご主人様”の台詞がある。「SMとは嗜好ではなく関係性の問題だ」。香奈をマゾヒストとして調教していたご主人様に調教されていた香奈が、彼から卒業し「僕」を調教する側へと変貌する。SとMは背中合わせだ。性癖と関係性の狭間で揺れるSMの世界。この作品は、SM世界の深淵へ読者をいざなっているようだ。

『私の奴隷になりなさい』

奴隷……1匹欲しい。

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最終更新:2011/09/24 21:00
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