[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国、“政治的な扇動”が問題に……『キングメーカー 大統領を作った男』に見る選挙と社会の分断

2022/08/12 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。そんな作品をさらに楽しむために、意外と知らない韓国近現代史を、映画研究者・崔盛旭氏が解説する。

ソル・ギョング、イ・ソンギュン出演『キングメーカー 大統領を作った男』

『キングメーカー 大統領を作った男』(C)2021 MegaboxJoongAng PLUS M & SEE AT FILM CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

 韓国のニュースや新聞には、「갈라치기(カルラチギ)」という言葉がたびたび登場する。囲碁の「割り打ち(相手が隣り合う隅を占めた時に、相手の勢力圏を分割するために中間に打つ手)」に由来するとされるこの言葉は、相手の集団や主張に亀裂を入れ、分裂を煽り、弱体化させる戦法を指して使われる。

 反共産主義に対する弾圧が激しかった時代は、共産主義者を表す「アカ」のレッテルを貼ることによって人々を分断。近年では、女性差別撤廃を訴えるフェミニズム運動において、男性と女性が互いに憎み合うよう仕向ける。こうした行為がまさに「カルラチギ」である。

 社会の分裂や格差をもたらす政治的な扇動、誹謗中傷は、今や韓国社会の至るところに蔓延し、深刻な社会問題となっているが、カルラチギがもっとも露骨に横行するのは「選挙」である。

 政策や公約を提示し、徹底的に議論する姿は、今の韓国ではもはや見られない。相手の弱みをしつこく攻撃し合う(時には弱み自体を作り上げる)ネガティブキャンペーンばかりが飛び交う昨今の選挙は、まさにカルラチギの見本市のようだ。

 保守派と進歩派が互いに「土着倭寇(保守派の原点は親日派である、という主張から派生した保守派を揶揄する言葉)」と「従北勢力(北朝鮮に対する進歩派の穏健な態度を見下す言葉で、<アカ>の代わりにも用いられる)」と罵り合い、「慶尚道(キョンサンド=保守派)」と「全羅道(チョルラド=進歩派)」のように東西の地域が対立し合うのも、選挙の時期ならではである。

 今年に入って行われた大統領選挙では、「이대남(イデナム、反フェミニズム・保守的傾向の20代男性)」と「이대녀(イデニョ、進歩的傾向の20代女性)」がそれぞれ支持する候補をめぐって衝突し、カルラチギを繰り広げたことも記憶に新しい。

 国土も小さく、人口もたいして多くない韓国において、カルラチギの風潮は一体いつから始まったのだろうか? 韓国現代史を振り返ってみると、その起源は李承晩(イ・スンマン)政権の時代にさかのぼることができるが、本格化したのは、権力維持のためなら手段を選ばなかった朴正煕(パク・チョンヒ)軍事独裁政権時代である。

 中でも、金大中(キム・デジュン、のちに大統領となるが当時は国会議員)との選挙戦は、カルラチギの風潮を浸透させたばかりか、熾烈にして最悪なものだったことはよく知られている。だが、パク・チョンヒ側の数々の不正に対し、キム・デジュン側がどう立ち向かったかは、これまであまり語られてこなかった。

 そんな中で公開された映画『キングメーカー 大統領を作った男』(ビョン・ソンヒョン監督、2022)は、まさにキム・デジュン側の視点から、選挙戦での内部事情に迫った作品。当時、選挙で落選を繰り返していたキム・デジュンが、ある人物との出会いをきっかけに立て続けに当選を果たし、やがて党の大統領候補に選ばれるまでの様子が描かれている。

 同作は実在の人物名を使わず、あくまでも、歴史的事実に映画的想像力でフィクションを混ぜた「ファクション(fact+fiction)」と位置付けているが、ほとんどが実際に起きた出来事である。

 日本では、ちょうど本日8月12日から公開となった同作。今回のコラムでは、日本では詳しく知られていないこの時代の歴史的な出来事をたどりながら、映画に描かれている人物について紹介したい。

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