[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

『エクストリーム・ジョブ』を韓国コメディ映画部門の歴代1位に押し上げた、韓国の国民食“チキン”

2022/01/14 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

 近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし、作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『エクストリーム・ジョブ』

『エクストリーム・ジョブ』を韓国コメディ映画部門の歴代1位に押し上げた、韓国の国民食チキン の画像1
『エクストリーム・ジョブ』/TCエンタテインメント

 スマートフォンで簡単に出前を頼めるようになった現在ではほとんど見られなくなったが、一昔前の韓国には「給料日の風物詩」と呼ばれた光景があった。我が子のために、香ばしく黄金色に焼かれた「トンダク(통닭、鶏の丸焼き)」を手に帰路に就くお父さんたちの姿である。

 小学生に好きな食べ物のアンケートをとると、常にトップを争うトンダクは、誕生日や遠足、こどもの日、クリスマスと、特別な日には欠かせない料理の王様だった。普段仕事に追われる父たちも、せめて給料日くらいはと、トンダクで子どもたちを喜ばせようとしたのだろう。

 トンダクが大好きなのは大人も同じだった。中でもビールとの相性は抜群で、「10mごとに一軒」とまで言われたほどおびただしい数の「ホップ屋(호프집、トンダクと生ビールを提供する韓国式ビヤホール)」の存在によって、“ビール+トンダク”の意識が定着、拡散したのは間違いない。

 韓国ではしばしば、言葉の組み合わせを略して新たな語彙が生まれるのだが、ビールと鶏肉の組み合わせは、近年ではドラマや映画を通して「チメック(치맥、チキン+ビール)」として親しまれ、海外にも浸透しつつある。その原点が「ホップ屋」だったといえる。

 統計によると、1980年~2018年までの40年弱の間に、韓国人が最も食した肉類は鶏肉だという。ここには参鶏湯(サムゲタン)や白熟(ペクスク、백숙)といった伝統的な鶏肉料理も含まれているが、圧倒的に多いのはやはりトンダクである。仕事帰りの父からスマホへと購入方法こそ変化したものの、韓国人のトンダク愛は変わることなく、さらに深まっている。ホップ屋に加えて、いつしか街にあふれるようになったヤンニョム(味付き)トンダク専門チェーンは、その愛の印にほかならない。

 だが、いったい韓国人はなぜこんなにもトンダクに親しむようになったのだろうか? その始まりはいつなのだろう? 今回のコラムでは、国民的料理ともいえるこのトンダクを「出演」させ、刑事モノというジャンルにコメディやアクションの「ヤンニョム」を加味した大ヒット映画『エクストリーム・ジョブ』(イ・ビョンホン監督、19)を取り上げ、韓国におけるトンダクの近現代史を振り返りながら、トンダクが韓国で愛される背景を考えてみたい。

エクストリーム・ジョブ
空腹の時には見ないほうがいい映画です!
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