芸能
崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国映画『ロスト・メモリーズ』、歴史改変SFが「公式の歴史」をなぞる……描けなかったアンタッチャブルな領域

2020/08/14 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

<物語>

 1909年10月26日のハルビン駅。安重根は伊藤博文の暗殺に失敗し、その場で射殺される。これによってまったく違う方向に展開する歴史は、日本の大東亜共栄圏の成功につながり、2009年現在も韓国は日本の植民地のままである。日本第3の都市になっている京城(ソウル)で、政界の大物率いる「井上財団」が主催した遺物展覧会の会場が、反政府組織「朝鮮解放同盟」によって襲撃される。鎮圧に駆け付けた連邦捜査局JBI(FBIのもじりか)の捜査官・坂本(チャン・ドンゴン)や西郷(仲村トオル)らによってテロはすぐに抑え込まれるが、坂本はテロリストの目的がはっきりしないことに疑問を抱く。再捜査を求める朝鮮系日本人の坂本に対し、上層部はなぜか事件を隠蔽しようとする。

 ひとり捜査を進めて停職・逮捕の危機に瀕した坂本は、逃げる際に撃たれて重傷を負う。行き場を失った坂本は、「不令鮮人」(不逞鮮人)たちに助けられ、彼らのアジトで次第に朝鮮人としての民族意識に目覚めていく。やがて、安重根による伊藤博文暗殺の失敗やその後のゆがんだ歴史は、すべて井上財団が画策した巨大な陰謀の結果だったことを知った坂本は、歴史を正すべく、タイムスリップ装置を利用して100年前のあの日のハルビン駅へ向かう。

 本作には仲村や光石研ら韓国でも名を知られる日本人俳優が出演して話題を呼んだが、個人的には『にあんちゃん』(1959)や『豚と軍艦』(61)、『うなぎ』(97)など数々の名作を残した日本映画界の巨匠、故・今村昌平監督が歴史学者として登場したのに驚いた。どうやら、今村監督が創設した日本映画専門学校(現・日本映画大学)の卒業生である俳優キム・ウンスが捜査官の役で出演していた縁からだといわれるが、同時に、1998年当時の金大中(キム・デジュン)政権が行った日本大衆文化開放政策によって、戦後の韓国で正式に上映された初めての日本映画が『うなぎ』だったという歴史的なつながりもあったかもしれない。

 さて、物語からもわかるように、本作はアンタッチャブルな安重根の義挙という歴史の改変を出発点にしている。伊藤博文の暗殺に失敗し、逆にその場で安重根が殺されるという大胆な書き換えに始まり、伊藤博文の朝鮮総督府・初代総督赴任、三・一独立運動など抗日運動の失敗、日米同盟と連合軍側での第2次世界大戦参戦、満州併合、ベルリンへの原爆投下で大戦終結といった改変された歴史が、オープニングで次々とスピーディーに提示される。そして戦後、戦勝国の日本は国連安保理の常任理事国になり、88年の名古屋オリンピックや2002年のワールドカップを招致。サッカー選手のイ・ドングク(韓国サッカー界を代表する人物)の胸には韓国の国旗ではなく日の丸が輝き、京城のど真ん中には李舜臣(イ・スンシン)ではなく豊臣秀吉の銅像が立っている……。

 インパクトの強いオープニングであるだけに、これらの衝撃的な改変がどのように映画の物語と絡んでいくのか、期待を込めて見始めたのだが、映画は時代を09年という近未来(製作当時)にしただけで、そこで繰り広げられる闘いは、次第に抗日運動を素材にした「韓国=善/日本=悪」といったお決まりの二項対立に収斂されていった。朝鮮独立のために命を懸けて壮絶に闘い死んでいったとされる、国家が認めた「公式の歴史」をなぞるだけでは、わざわざ歴史を改変した理由がまったく見当たらないではないか。伊藤博文暗殺失敗というねじ曲げられた「悪い歴史」を「正しい歴史」に戻すためにタイムスリップし、暗殺を成功させるという結末はもはや見なくてもわかるものであり、映画というメディアに許された自由な表現空間は生かされることなく映画は終わりを迎えた。

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