崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国映画『ロスト・メモリーズ』、歴史改変SFが「公式の歴史」をなぞる……描けなかったアンタッチャブルな領域

2020/08/14 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『ロスト・メモリーズ』

 今から13年前の2007年、韓国近代史を専門とするロンドン大学のアンダース・カールソン教授が、韓国メディアに総叩きにされる事件が起こった。高麗大学での夏期特別講座で、安重根(アン・ジュングン)や金九(キム・グ)ら抗日運動家を「テロリスト」呼ばわりしたという理由だった。韓国のネトウヨたちはすぐさま反応し、カルソン教授への誹謗中傷や批判が広まって、彼は講座中止の窮地にまで追い込まれてしまった。

 それもそのはず、韓国人にとって抗日運動家とは尊敬してやまない偉大な存在であり、中でも安重根は「韓国侵略の元凶」とされる伊藤博文を射殺した、“英雄中の英雄”である。そんな彼をあのイスラム国やタリバンと同列の「テロリスト」として語るとは正気か――あるネットメディアは、「天人ともに許さざる」日本の蛮行に抵抗した抗日運動家たちの「義挙」をテロと呼んだ教授に、怒りをあらわに反論した。

 教授は実際には、「帝国との闘いには、非暴力的な方法もあれば、ゲリラ戦や要人暗殺といったテロリズムもある」と、当時の闘いと近年の無差別殺人を伴うテロとは差別化して説明していた。にもかかわらずネトウヨやメディアは「テロリスト」という単語だけを切り取り、現在のテロリズムの文脈から解釈して騒ぎ立てたというわけだ。

 カルソン教授は数少ない欧米の韓国史研究者であり、ロンドン大学で韓国語や韓国史を教えている「ありがたい存在」ということもあって、早々に騒ぎは収まり、講座は無事に終わった。が、この騒ぎは安重根ら抗日運動家が韓国においてアンタッチャブルな存在であることを改めて浮き彫りにした。

 日本による植民地支配の不当性を徹底的に教育する韓国からすれば、当然の態度かもしれないが、特定の歴史的事件に対して議論の余地を与えず、ひたすら神聖化へと突き進んでしまう恐ろしさは常に存在する。歴史はさまざまな視点から捉えられるべき、とは常識ではあるものの、見方を固定しようとする動きに対しては警戒を怠ってはならないのだ。

 今回取り上げる『ロスト・メモリーズ』(イ・シミョン監督、2002)は、そういう意味では、いわゆる「歴史改変(alternative history)もの」として、植民地の歴史に対して興味深い視点を提示している。「歴史改変もの」とは、歴史が実際とは違う展開になった場合の現在や未来における架空の物語を描く、SFジャンルの一種だ。歴史的な出来事にフィクションを加味する「ファクション」とは違い、仮定法によってまったく異なる歴史を再創造し、あり得たかもしれない歴史の多様な可能性を提示する。架空の歴史を見るというジャンル的な楽しみはもちろん、予測可能な歴史的選択肢の一つにもなりうるという点が、「歴史改変もの」に注目が集まる理由だ。

 一方でこのジャンルには、史実と二項対立的に単純比較され、史実がいかに正しいかを強調するためのものとして、プロパガンダ的に使われる危険性も潜んでいる。植民地支配の歴史改変ものとして本作は、はたしてどのような再創造の世界を見せてくれるだろうか。

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金かけた感だけはすごいのに……
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