『ザ・ノンフィクション』レビュー

『ザ・ノンフィクション』中高年の「図太さ」は若者にない武器「母と娘の上京それから物語 ~夢のステージ ある親子の8年~」

2019/09/30 19:26
石徹白未亜

図太さを生かしチャンスをつかむ年の功――母・美奈世の場合

 若者特有の「不安」は年を取ると案外、解消する。まず、生きていれば自然と場数を踏んでいくので「経験不足で不安に駆られる」場面は減っていく。

 さらに、歳をとれば程度の差はあれ誰しも図太くなっていく。こういった図太さは「老害」と否定的にとられがちだが、一方でそんな中高年の母・美奈世は、図太さの利を生かして、なかなか楽しそうなのだ。

 美奈世はかなり図太い。美奈世は介護職に従事してきたのだが、美代子の活動を間近で応援してきたことで、「(今後は自分も)マネジメントとかプロデュースとか(をやってみたい)」 と抱負をテレビカメラの前でニコニコと臆せずに語る。年を取れば誰しも図太くなるとは言え、ここまで言えるのはかなりのタマだ。

 しかし、実際それでご当地アイドルのグループの結成の仕事に携わることになり、またしても「秋元(康)さんみたいになれるかな」 と微笑む。ためらわずに抱負を言える図太さが、チャンスを引き寄せたのかもしれない。

 結局、新しいアイドルグループの話はメンバーが集まらず白紙となってしまうのだが、しかし、その立ち上げに関する打ち合わせで何度も顔を合わせた作曲家が美奈世を気に入り、ライブへゲストで呼ばれ、生歌まで披露していた。

 作曲家は美奈世のことを「美代子ママは、俺の歌とか結構聞いてらっしゃるじゃないですか」 と話していた。美奈世は仕事相手である作曲家の作品をよく研究し、おそらく、本人に曲の素晴らしさなどを伝えていたのだろう。

 仕事相手にこういったことをやれない、したがらない人は結構多い。恥ずかしかったり、おべっかのように思えて嫌だ、という気持ちからなのかもしれない。もちろん心にもないのに褒める必要はないし、そんなウソは相手にすぐ伝わってしまう。しかし、実際に「良い」と思うのなら、「あなたの作品を買いました、好きです、良かったです」と伝えたほうが、相手も当然、悪い気持ちになるはずもなく、その後つかむチャンスも増えるはずだ。

美奈世は単に図太いだけでなく、そういった細やかさも併せ持った人なのではないかと、この流れを見て思った。

中高年が元気で、若者が暗い理由は「世代的レンズ」の違い?

 私の回りを見ても、口では「疲れた」と言いながら、美奈世のように若年層よりよほどエネルギッシュに各地を飛び回り仕事をする中高年をよく見かける。もちろん個体差はあるが、この世代はそもそも元気な人が多い。これには育った時代の価値観の影響もあるのではないかと思う。

 私はそれら中高年より下、いわゆる「失われた10年」の不景気世代だ。就職で苦労したので、世の中を見る基本的な“レンズ”が「どうせ良くならない」と暗い。「失われた10年」に続く「ゆとり」「さとり」など下の世代も、レンズは暗い人が多いのではないだろうか。

 一方で、中高年層の世の中を見るレンズはそこまで暗くない感じがする。たまたま日本が豊かな時代に、思春期や青年期を送った恵まれた人たちともいえるが、美奈世や、また自分の身の回りのパワフルな中高年は楽しそうに働く人が多いし、そういう人を見ているとつられてこちらも楽しくなってくる。

 よって、「レンズが暗め」世代で、物事を暗く批判的にとらえがちで、それゆえに腰が重くなりがちな人ほど、美奈世の道なき道を突き進む図太く明るい生き方が、案外いいヒントになるのではないかと感じた。

 次週のザ・ノンフィクションは『好きなことだけして生きていく 前編~元ニートの再々再々出発~』。40歳になっても「好きなことだけして生きていく」はできるのか? 日本一有名なニート、京都大学卒のpha(ファ)。彼と仲間の6年を見つめる。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

最終更新:2019/09/30 19:26
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