[官能小説レビュー]

セックスレスの主婦が中年男のマッサージで女を解放——『千年萬年』の上品な官能表現

『エロスの記憶』(文藝春秋)

 官能小説のシチュエーションとして「お約束」的存在のひとつが、マッサージ店での行為である。

 衣服を一枚介しているものの、赤の他人に隅々まで体を触られるという行為は日常生活では稀有であり、官能の世界を充分に想像させてくれる。また、よく官能小説で用いられる浮気や不倫モノなどと比べると、マッサージや指圧などはより身近な存在であるから、長い間人気の題材となっていることも頷ける。そんな「お約束」となっているマッサージという題材だが、第一線の書き手に委ねられると驚くほどに上品に、かつエロティックな小説となるのだ。

 今回ご紹介する『エロスの記憶』(文藝春秋)は、桐野夏生、林真理子、石田衣良などの、誰もがその名を知る、名だたる小説家9名による官能的なアンソロジー本である。中でも強く惹かれたのが、小池真理子氏の「千年萬年」だ。

 主人公の美津代は、どこにでもいる平凡で地味な50代の主婦である。結婚してからずっと北関東の小さな町で暮らしている美津代の元に、娘夫婦が遊びに来た。祭りの屋台で孫がねだるので買い与えた2匹の亀を美津代の家に置き去りにしたまま、娘家族は帰ってしまう。上げ膳据え膳で娘たちを迎えた美津代に残ったのは、全身を襲う疲労感であった。

 そんな時、くたびれた小さい指圧院が目に入る。吸い寄せられるように店に入った美津代は、小柄な中年男性から施術を受ける。太く厚みのある男の指は、疲れた体をほぐしながらも次第に美津代の体にスイッチを入れ始める。結婚する前の若い頃、3つ年上の男と林やトラックの荷台で貪りあうように性交を繰り返していた、甘美に酔う自分の姿を思い出し、美津代の体はますます激しく火照ってゆく。

 美津代は月に2度、その指圧院に通うことにした。その度に彼女は官能の渦に飲まれ、女として解放されてゆくのだが——。

 長い間セックスレスであった50代の美津代が、見知らぬ男の指に翻弄されてゆく姿はとても美しくて艶かしい。また、どこにでも存在する貞淑な主婦が「なにもしていない」のに性に溺れる姿は、ストレートな官能描写が存在しないにもかかわらず、とてもそそるのだ。

 官能小説初心者にも非常に手に取りやすい1冊である。
(いしいのりえ)

扉を開くカギはいろんなところに

しぃちゃん

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