『なんかおもしろいマンガ』あります ~女子マンガ月報~【8月】

「誰の心もいらない」幸せを説く『プリンセスメゾン』、関係性の息苦しさをほぐす処方箋

【前編はこちら】

◎『プリンセスメゾン』が描く「自分以外の誰の心もいらない」幸せ

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『プリンセスメゾン』1(小学館)

 では現代のアラサー女性たちは、この苛烈な状況を甘んじて受け入れるしかないのでしょうか? いやいや、決してそうではありません。この息苦しい世界においてはなによりも「幸せになること」が最上のレジスタンスであります。

 「来たるオリンピックを前に、世界中から注目を集める大都市、東京」「都心のオアシス…空と緑にかこまれたウォーターフロントに、今、新たな歴史が刻まれる」「家族と過ごす癒やしの時…」「この町の発展とともに2人で築いてゆく確かな未来…」――新築マンションの内覧会に流れるVTRの、装飾過剰で空々しい言葉たち。それを聞いてか聞かずか、居酒屋に勤める独身女性・沼越さんは、さっそく熱心に物件をチェックし始めます。池辺葵先生の最新作『プリンセスメゾン』1(小学館)は、やはり東京オリンピックから始まる物語。沼越さんをはじめとした独り身の女性たちと、家/部屋との関係性とを優しく描いた連作集です。

 同じ時代、同じ東京に暮らす独身女性を描いていても、『東京タラレバ娘』(講談社)と『プリンセスメゾン』とではその描き方は実に異なります。沼越さんは、いつか自分のためだけの分譲マンションを購入することが夢。「ほんとに頑張り屋さんだねー! マンション買うなんて、すごい大きい夢に迷わず向かっていって…」と感心されるのですが、彼女自身は至ってクールにこう答えます。「いえ、大きい夢なんかじゃありません。自分次第で手の届く目標です」「家を買うのに、自分以外の誰の心もいらないんですから」。

 いつだって私たちは幸せになりたいだけなのに、求めていた「普通の幸せ」は、実は全然普通じゃなかったという事実が判明。言うなれば結婚は「自分以外の誰かの心」を必要とする幸せのありようです。おそらく沼越さんも「自分以外の誰かの心」を必要とする幸せこそを、「大きい夢」だと考えているのではないでしょうか。

 だからと言って「自分以外の誰の心もいらない」幸せが、幸せの質として劣っているわけではないことは、本作を読めば即座に諒解いただけることでしょう。こつこつと貯金することの喜び、数少ないけれども大切な友達とのひととき、不意に感じる人の優しさ。池辺先生の大傑作『どぶがわ』(秋田書店)でも見られた「孤独者たちの幸せ」「孤独者たちの緩やかな連帯」というテーマは、ここでも健在です。

 例えばマンガを読むことは孤独な営みです。私はマンガが大好きなので、マンガを読んでいる間はとても幸せなのですが、完全に被害妄想なのではないかという可能性を思いつつも、なんとなく「どうせ友達や恋人がいないから仕方なく1人でマンガを読んでいるんだろう」という、世間一般の冷ややかな視線を、ふと感じることがあるのですね。FacebookやInstagramにアップされる飲み会やBBQ等のウェーイ画像(もちろん参加者全員をタグ付け&変なハッシュタグ付き)は、それを外部にアピールすることを含めて「ああ、楽しくて幸せなんだろうなあ」という画像ではありますが、マンガ読みの幸せはそれとは対局のところにありますし、マンガを読む自らの姿を撮影してSNSにアップすることもありません。

 マンガ読みは、マンガを読むことで、その都度幸せを再確認します。その様子を誰に見せる必要もありませんし、たまに同好の士とその素晴らしさを語り合うくらいで大変に幸せです。まさに「自分以外の誰の心もいらない」幸せ。

 世界にはそうした類の幸せがたくさん存在することを、もっと多くの人に気づいて欲しいと、マンガ好きである私は思います。集団の中で息苦しさを感じている人、結婚や出産に対するプレッシャーで気が気でない人、孤独感に押しつぶされそうな人、将来への漠然とした不安を感じている人……ありとあらゆる生きづらさに対する最上の処方箋は、「自分以外の誰の心もいらない」幸せであると思うのです。そして今日の高度に発達した資本主義社会は、それをかなえる選択肢を豊富に有しています。

 結婚だけが唯一絶対の幸せの指標ではありません。それは幸せの1つの形に過ぎません。なにかと世知辛い世の中ではありますが、そこそこの収入さえあれば、好きなマンガが読めて、それなりにおいしいものが食べられるこの世界を、私は愛おしく思います。

全女性への祈りであり賛美歌だね

しぃちゃん

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