初体験はどちらから? 『東京タラレバ娘』からみる男女恋愛不平等論

 みなさん、はじめまして。今回からmessyで漫画や映画などのサブカルチャーからニュースまで、様々な分野を通じて、読者のみなさまと「女性の生き方」について考える連載を始めることになりました永田夏来です。ぜひ、親しみを込めて「さにはに先生」と呼んでください。

 普段は大学で、少子化対策の分析だとか、結婚にはどんな意味があるのかだとか、若者にとってのセックスとは? など、若者の恋愛と結婚について研究をしています。この連載では、折に触れて私の専門である「家族社会学」などの知見も紹介していきたいと思っています。よろしくお願いいたします。

◎『タラレバ』の破壊力は「結婚至上主義」と「恋愛の保守性」にあり!

 さて、記念すべき初回は、『このマンガがすごい! 2015』(宝島社)オンナ編 第2位を受賞した東村アキコ先生の『東京タラレバ娘』(講談社)です。8月12日には最新刊の第3巻が発売されています。今回はこの作品を通じて、現代日本における「女性の生き方」を紐解いていきましょう。

 本作は「そんなにイケてないはずじゃなかった」のに、気がついたらアラサーになっていた女子3人が立てた「東京オリンピックまでに結婚する」という目標をめぐって繰り広げられるドタバタ恋愛が支柱となっています。アラサー女子の結婚狂想曲はラブコメの定番という気もしますが、ネットでは「とにかく刺さる」という感想だけでなく「精神的リスカ」とまで言ってのける不穏な呟きまで……(かくいう私もあまりの破壊力に、落ち着いて原稿を書くまでしばらく時間が必要でした)。

 ここでは『タラレバ』の破壊力の背景にある「結婚至上主義」「恋愛の保守性」という2つの視点を指摘したいと思います。

◎結婚=理想的な相手+年齢制限?

 本作の主人公は「ネットドラマのシナリオライター」の倫子(33歳)です。アシスタントを雇って表参道に事務所を構える彼女は、急なデートの勝負服にもポンとお金を出せる「自立した働く女性」。その上、美人で巨乳、貯金もあるという設定も踏まえると、働く女子の中でも「勝ち組」に属すると言えるでしょう。倫子の友人たちも、表参道でネイルサロンを経営している香(33歳)、都内の居酒屋の一人娘小雪(33歳)と、いずれもキラキラ感の溢れる人物が顔をそろえています。

 「40歳まで独身だったらヤバい」「酔って転んで男に抱えてもらうのは25歳まで」など、「結婚」と「年齢」が重要なキーワードとしてたびたび出てくる『タラレバ』ですが、これは現代的な現象のように思います。

 読者の皆さんは「理想的な相手と結婚したい」と「ある程度の年齢までに結婚したい」のどちらの考えを重視しますか? 国立社会保障人口問題研究所が継続的に行っている、独身者の結婚の意思についての調査によると、1980年代までは「ある程度の年齢までに結婚したい」と考えている人が過半数を超えています。「この人だ!」という確信を持てなくても、ある程度の年齢になったら結婚していた、当時の社会状況があらわれていると言えるでしょう。

 しかし90年代に入ると、徐々に結婚に対する考え方が「年齢」から「結婚相手としての確信が持てるかどうか(理想の相手)」にシフトし、2002年には「理想の相手がみつかるまで結婚しなくてもかまわない」が過半数となります。「歳なんて関係ないよ。好きかどうかが大事だよ」という基準が多数派になったのは、この20年ぐらいの現象なのです。

 こうした状況に対して警鐘が鳴らされます。1999年の「パラサイトシングル」や2008年の「婚活」です。その脅しが効いたのか、現在では再び「年齢で結婚を決めたい」としている人が多数派になっています。ただ、その内実は「年齢」が強い前提となっていた80年代と異なり、「確信が持てる相手(理想の相手)」という前提に「ある程度の年齢までに」という条件が加わっているのが実際なのではないかと私は考えています。

 倫子のように、オリンピック開催までに(つまりある程度の年齢までに)結婚したい(ただし納得できる相手と)と焦るのは、2015年における独身アラサー女性に共通の心の叫びなのです。

◎「結婚が出口」という設定の巧みさが引き起こす「精神的リスカ」

 それでも疑問は残ります。なぜ倫子は「結婚」に対して、強迫観念じみた執着を見せているのでしょうか? 「自立して働いている女性」ですし、出産を理由に焦っている様子も見られません。東京都における女性の平均初婚年齢30.4歳(2014年時点)は、もう過ぎちゃっているし(涙)、開き直って納得できる相手を探せばよいようにも感じます。

 理由はいくつか考えられるのですが、本稿では、倫子たちフリーランスの女性は経済的に「自立」しにくい――というと極端なのですが、少なくとも「先行き不透明」である――という点を指摘しておきたいです。

 フリーランスを統計的に把握するのは難しいのですが、総務省が定期的に実施している『国勢調査』の職業小分類には、「著述家」「記者、編集者」「デザイナー」などの項目があるのでそこから類推してみましょう。

 データをみてみると、2010年の時点で「雇人のない業主」である「著述家」は2万人ぐらい。日本全体の働いている人(労働力人口)の中では、1000人に3人ほどという計算になり、倫子はかなり珍しい立場に身を置いていると言えそうです。もう少し踏みこむと、特別な資格などは必要なくニーズもそれなりあるけど人数がとても少ない職種とでもいいましょうか。33歳の女性がフリーランスの著述業で自活できているという経歴は、それなりに「誇れる」ものだと言ってよいように思います。

 私の友人にもフリーランスのライターやカメラマン、デザイナーがたくさんいますが、みなさん勉強熱心で努力家です。倫子も(作中では描写されませんが)実力はもちろん、美貌やセンスの良さ、コネ、運など全てを動員してここまでのし上がってきたはずです。作中で、自ら「好きなことで飯が食えているだけマシ」とつぶやくように、仕事の上では「底辺」ではないことは本人も分かっている様子です。しかし、そのような実力を持っても「将来安泰」とは言い難い。なぜなら、業務を請け負う先、つまりIT企業や出版業界自体が不安定だからです。

 経営が悪化した企業はまず正規雇用の社員を守ろうとします。必然的に、倫子たちフリーランスや非正規雇用の労働者が、契約を打ち切られたり、報酬が安価になるといった形で犠牲になる。その意味で、エリートの倫子と一般の派遣社員やアルバイトはあまり差がないといえます。むしろ特殊技能が売りであるフリーランスの方が「つぶしが利かない」分、不利なのかもしれません。

 こうした先行きの不透明さは、働くアラサーの抱える「いつまでがんばらないといけないのかしら?」「働くって何なの?」という漠とした不安に対してなんともいえない出口のなさを突きつけてきます。倫子ほどの「勝ち組」ではなかったとしても、雇用の不安定化や賃金格差にさられているアラサー女子は同じようなことを考えた経験があるのではないでしょうか。

 こうした閉塞感を打ち破るのが「結婚による、生活の安定化と社会的ポジションの変化」だと、現代社会ではみなされているようです。だからこそ「オリンピック開催までに(つまりある程度の年齢までに)結婚したい(ただし納得できる相手と)」と倫子たちは走るのです。こうした設定の巧みさが、「精神的リスカ」と言わせるほど、読者に刺さる効果をもたらしているように思います。

◎初体験で、相手のパンツを脱がせる女性はほぼいない

 もうひとつの刺さる要素、「恋愛の保守性」についても考えましょう。

 現在の日本は「男女が平等になった」とよく言われます。確かに1980年代以降、性別役割分業の変容をうかがわせるデータは数多く存在しています。男性も女性も同じように社会参加するという男女共同参画が今日では前提となっているのですが、果たして本当に「男女平等」が実現しているのか? と思わせるシチュエーションがまだまだ多いのはmessyの読者なら気付いていることでしょう。

 私は、現代社会において「平等」の実現が遅れている領域の筆頭として男女における恋愛状況を挙げられると考えています。恋愛は「お互いに相手のこと好きだというコンセンサスの元に形成される人間関係」ともいえるわけで、対等で平等なのが基本なのでは? という気もしますが、データで検討してみるとどうやらそうした状況にあるとは言い難いようです。

 しかし、「はじめてのセックスの経験は、どちらから要求しましたか」という質問に対する女子大学生の回答の年次推移をみると(日本性教育協会による経年調査のデータ)、自分からセックスを言い出せる女性は非常に少なく、2011年でも2.1%しかいないのが現状です。ちなみに男性は42.1%が「自分から」としていますので、セックスに関するイニシアチブ(主導権)は男女で全く異なっています。

 統計的には、はじめてのセックスで「自分から」押し倒してパンツを脱がせるという展開は、男性だと4割程度が経験するのに対して女性はほぼない。別の視点から考えると、「どちらからともなく」セックスに持ち込む、あるいは「相手にイニシアチブを取らせる」のが女子の戦略としては多数派であり続けてきたとも言えそうです(初交時のイニシアチブと権力関係がテーマになっている作品はたくさんあるので、そのうち取り上げたいと思います)。この辺りが、私が「恋愛ではこの20年、『平等』など実現していない」とする根拠の一つとなっています。

 でもまあ、はじめてのセックスだったらそんなものなのかもしれません。しかし『タラレバ』は、「はじめてのセックス」どころか、仕事や恋愛でもそこそこに経験を積んできた30歳代半ばの3人が主人公です。彼女らですら、恋愛ではやっぱり「受け身」であろうとするお姫様気質がまだまだ説得力を持っていること、そしてそれに多くの人が共感できてしまうという状況が私にはあらためて衝撃でした。

 作中ではこの3人が「告白され」たり「セックスに誘われ」たりする顛末が描かれますが、男性に対して毅然と立ち向かったり、周りの空気も読まずに自己主張をする場面はほとんど描かれません。倫子が年下の男性から「迫られ」てセックスした後、相手に真意を確かめることも自分の気持ちを見つめ直すこともしないで「魔が差したのだ」と結論付けるくだりは、本作における「受け身」な恋愛観を象徴するシーンといえます。倫子のこうした「受け身」な態度は、恋愛におけるイニシアチブの非対称性を見事にえぐっているのです。

 以上見てきたように、仕事と恋愛において未婚のアラサー女性が明るい未来を描くのは、データ的にはかなり厳しい状況です。だからこそ『タレラバ』は刺さりまくるのでしょう。しかしデータはあくまでデータに過ぎません。これからの仕事や恋愛をどう組み立てていくのかは、ひとりひとりが自分のやり方にあわせて決めていくことができるはずです。東村先生は現代社会における「女性の自立」をどう描くのでしょうか。今後の展開に目が離せません。

永田夏来(ながた・なつき)
さにはに先生。ニックネームの由来は”SUNNYFUNNY”(パラッパラッパーというゲームのキャラクター)→”さにふぁに”→”さにはに”です。1973年長崎県生まれ。2004年に早稲田大学にて博士(人間科学)を取得後、現職は兵庫教育大学大学院学校教育研究科助教。専門は家族社会学ですが、インターネットや音楽、漫画などのサブカルチャーにも関心を持っています。WEB:http://www.n-nagata.com Twitter ID:sunnyfunny99

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