[連載]おばさんになれば"なるほど"

「おばさん」になりたくない――女と「おばさん」の分断と、地方都市の中年女性たち

少女から女性へ、そしておばさんへ――全ての女はおばさんになる。しかし、“おばさん”は女性からも社会からも揶揄的な視線を向けられる存在でもある。それら視線の正体と“おばさん”の多様な姿を大野左紀子が探っていく。第1回は「50過ぎたら怖くない?」。

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<地方都市に存在する中年後期の女性の8つのパターン>

 同世代の友人と旅行先で、田舎町の喫茶店に入った時のことです。50代後半とおぼしき女主人がいて、気さくに話しかけてきました。「お客さんたちはどこから?」「名古屋から」みたいな会話です。帰る段になって友人が、一旦奥に引っ込んだ女主人に呼びかけました。「おねえさーん、お勘定お願いします!」。さすがだ。私は彼女の顔をまじまじと見つめました。こういう場面で「おばさん」を連呼してすごく厭な顔をされた、別の友人のことを思い出したからです。「おねえさん」なら角は立ちません。実際、その時の私たちから見れば、「お姉さん」と呼んでもいい年上の人だったわけだし。

 私は今年、56歳になります。もう十分すぎるくらいおばさん年齢です。今でこそおばさんであることを自覚し、時に先回りして「おばさんだから」などと口にしていますが、おばさんになり始めの頃は「おばさん」という呼称がとても厭でした。なぜならその単語には、張りと潤いと謙虚さの喪失、鈍感さと無遠慮さのカタマリ……といった、中年女性についての世間一般のネガ・イメージが、拭い難く張り付いている気がしたからです。

 そういう価値判断抜きにニュートラルに「おばさん」が使われるだけならいいですが、若さが女の重要な付加価値とされるこの世界では、「おばさん」は中年女性を揶揄する含みを持たせて言われがちな言葉です。だからこそ女性自身も「おばさん」になるのを恐れ、そう呼ばれることを忌避するようになる。「女」が、多彩な色彩によって多様な形の描かれた絵画だとすると、「おばさん」はその上からくすんだ灰色のスプレーをうっすらかけて、色も形もぼんやりさせてしまったもの、そんな印象さえ持っていました。

いずれ行く道よ

しぃちゃん

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