[連載]マンガ・日本メイ作劇場第28回

鬼との禁じられた恋を描く『銀の鬼』、大掛かりなテーマに潜む“うっかり”の罠

2012/12/08 16:00
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『銀の鬼』/ 朝日ソノラマ

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 他人から「いい人だ」と評価されるには、どうしたらいいだろう。休日にはボランティアとかに行って笑顔を振りまいたり、せっせと他人に金つぎ込んだりすればいいだろうか。「他人に優しくする」っていうのは相手の望むことをしてやらなければいけないわけだから、実はとても高度な技術が必要なのである。しかも結構地味な作業だし。

 しかし、いとも簡単に「いい人」を強調できる方法がある。すっごい悪い男に好かれることだ。例えば『王家の紋章』(秋田書店)のキャロル。ひどい暴君メンフィス王に追いかけ回され、「そんな人はイヤ」とか拒絶しながらも、「そんなひどいことをしてはダメよ」とか偉そうに説教するだけでいい人 度跳ね上がり。いい人どころか「悪を許さないから神聖」だ、という簡単な法則ができあがってるんである(まあ彼女の場合は彼女をつけ回す権力者たちからのDVに耐えたり、20世紀の知識を披露して神業発揮したりしてますが )。故に少女マンガでは、悪い男が主人公を追いかけ回す話が結構ある。『花より男子』(集英社)の道明寺も、決して優等生ではないしね。

 『銀の鬼』(集英社、朝日ソノラマほか)もまさにそんな話だ。ヒロインであるふぶきは、ものすごく悪い男・十年(とね)に追いかけ回される。何しろその正体は、女をガツガツ喰っちゃう鬼なんだから、本物の悪者だ。もちろんふぶきは、「人を食べちゃう悪い鬼なんて嫌い!」とか言って、けっこうな時間、拒絶している。うん、いい人なんだね!

 鬼の十年は、昼間は普通の人間の格好をしている。夜になって気が向くと、X JAPANのYOSHIKIばりのたいそうな姿に大変身。今、そこで変身するの? という空気読まない感じもステキ。そんな姿でモリモリ女の子を襲って食い散らかす。それをふぶきに見られて、またいやがられたりしてるし。

 まぁなんだかんだ言って、こういう悪い男と主人公はきっちりくっつくことになっているので読者は安心。なにしろ悪い悪いと言われている男でも、主人公の不利益になることは決してしないんだから、そのうち情にほだされても仕方がない。ちなみに「女は3年押せば落ちる」というのは持論です。リアルでやった人の話を知らないので、誰か実践してください。

 それにしてもこの『銀の鬼』、「悪い男に追いかけ回される」という少女マンガの王道をきっちり抑えた上で、展開は大暴れなのである。なにしろ途中で突然、いち女子高生だったはずのふぶきを、「なんと神様だった」ことにしちゃったのだ。え、中盤で設定練り直しですか? しかもこの神様、十年の命を「奇跡的に」救う時くらいしか力を発揮しないのである。つまりふぶきの神設定は、2人の恋の障害として、そして十年を殺してまた生き返らせる物語の抑揚を付けるために備えられたのである。すごい、すごい愛し合ってるよ君たち。鬼と神様という、ロミオとジュリエット的シチュエーションを作るための練り直し設定。そして、その設定を2人の間でしか使わない潔さ。さらに、その設定を生かすために何度も死ぬ十年。まるで歌番組に出る度に「あずさ2号」を歌わされる狩人のようじゃないですか。

 そして、ようやく2人の気持ちが通じ合ったなと思っていたら、とんでもない事件が起こる。青い鬼という悪者にさらわれたふぶきは、監禁され、痛めつけられる。ムチで叩かれてるのは背中なのに、口から血が出るほどの傷である。大変だ。そしてふぶきを探し当てた十年が見たものは……なんとふぶきの遺体だったのだ。悲しみにまみれ、自分も死ぬことにする十年。 鬼毒酒という鬼を殺すことができる酒をグビグビ飲んで、あれ? と思って見てみると、ふぶきが生きている。なんと、さっき見た遺体は別人のものだったそうだ。おい、お前の愛は本物なのか?

 そういえば、けっこうラストのネタバレなので、どの少女マンガかは伏せておくけれど、遺体安置所で最愛の男の遺体を確認して「確かに彼です」とか言っといて、あとから「あれ? 別人でした」ってわかって、最愛の男は実は生きてましたラッキー! って展開があったな。別人と間違われて焼かれた男がどうなったのかがものすごく気になるんですが。

 どうしてこう、「世界を揺るがすほどの愛」で売ってる少女マンガで、こうも遺体確認のミスが起こるのか。話を盛り上げるためにしろ、もうちょっと考えてもらえないものだろうか。

 とまあ全体的に、ドラマチックな感じはするんだけど、細かいところが微妙に空振りしてて面白いお話である。

 余談だけど、ふぶきをさらった悪い鬼「青い鬼」は、大いに話を盛り上げてくれるのに名前を出してもらえない可哀相なキャラなのだが、もう「青い鬼」と聞いただけで「青山の青い鬼」を思い出して、思わず吹いちゃう。「青山の青い鬼」がわからない方は、『ママはテンパリスト』(集英社)をどうぞ。

■メイ作判定
名作:メイ作=1:9

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和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。女性向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。

最終更新:2014/04/01 11:28
『銀の鬼 上』
物語を動かすのはいつも“うっかり”
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