芸能
[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

難解といわれる韓国映画『哭声/コクソン』、國村隼が背負った“韓国における日本”を軸に物語を読み解く

2020/02/28 19:00
崔盛旭

祈祷師がよそ者と同じフンドシ、カメラを持っていたことも議論を呼んだ/(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

 「韓国社会に根づく日本」に対する韓国人たちの態度には、二重的で矛盾するところは多い。経済的な面だけではない。よく知られているように、日本の植民地からの独立以後、1998年に金大中(キム・デジュン)政権によって日本大衆文化が開放されるまで、韓国では国家的に「日本」を禁止にしてきた。歌や映画、ファッションなどに少しでも日本的なものがあれば「倭色<ウェセク>」といって発売や上映を禁止にしたり、公の場でバッシングしたりして排除した。植民地支配の記憶は歴史的なトラウマとして韓国社会を呪縛しており、これが解けない限り、日本はいつでも「悪魔の顔」になりうるのだ。

 その半面、韓国の日常における「日本」が排除されたことは、少なくとも私が知っている限り、ない。記憶をたどってみよう。小学生だったある日、教師が「今日から변토<ビョント>(弁当の韓国なまり)や와리바시<ワリバシ>は日本語だから禁止だ」と突然言いだした。誰もがそれが日本語であることすら知らずに使っていたが、学校で禁止されてからも、それ以外の場所では変わることなく使われ続けた。また、韓国の大学生に大人気のビリヤードの用語は、少なくとも私の時代はすべて日本語だった。「오시<オシ>、히키<ヒキ>、우라마와시<ウラマワシ>」などの技や、技がきれいに決まったときの掛け声「기레이<キレイ>」など、何ら違和感なく使っていたのだ。軍隊でも会社でも状況は同じだった。

 公的には禁じられていても、日本の歌や映画、ドラマのソフトは、いつでも手に入れることができた。それらを扱う違法の店がたくさんあったのだ。私も、粗末な字幕付きのビデオをこっそり借りて、黒澤明や成瀬巳喜男など名匠たちの映画を見たものだ。さらに、韓国映画や音楽における日本からの盗作問題は、2000年代に入っても後を絶たなかった。盗作であることが後から問題になり、解散したグループまで出たりした。今度は日本による「文化的植民地化」を云々する声も当然上がった。例を挙げればきりがないのでこのくらいにしておくが、いつの時代も常に「日本」は韓国のなかに存在していたのだ。

「よそ者」を熱演した國村/(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

 このような韓国のなかの「日本」は、排除すべき「悪」なのか? 韓国が日本を「悪」と疑ってやまない以上、韓国にとって日本は悪なのか?――よそ者の日本人が悪魔なのか、悪魔だと疑う心が悪魔を生み出すのか。この映画の難しさは、それを見る私たちの心理こそが答えになるのだろう。

 最後に余談だが、日本人俳優のキャスティングをめぐっては、北野武の名前も有力候補に挙がっていたという。『戦場のメリークリスマス』(大島渚監督、1983)でのなんともいえない不気味な表情を思い出すと、一瞬、この役が北野だったら……と想像してしまいたくなるのも無理はないだろう。だが、頭に思い浮かべた北野武の顔は、いつの間にか國村隼のそれに変わってしまっていた。『哭声/コクソン』での國村の表情は、何かを読み取れそうでいて、決して何も読み取れない、絶妙な恐ろしさをたたえていて、スクリーンを終始圧倒している。そんな演技が評価され、國村は韓国有数の映画賞、第37回青龍(チョンニョン)映画祭で最優秀助演男優賞を受賞した。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

『哭声/コクソン』
Blu-ray&DVD 好評発売中【Blu-ray】\2,500(税抜)【DVD】\1,900(税抜)
発売・販売元:キングレコード
提供:クロックワークス、キングレコード
(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

最終更新:2022/11/14 15:08
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