[サイジョの本棚]

【『なにかが首のまわりに』レビュー】“アフリカの女性”が味わう苦さや孤独感は、日本に生きる私たちと地続きなもの

2019/10/14 17:00
保田夏子

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

『なにかが首のまわりに』レビュー:アフリカの女性が味わう苦さや孤独感は、日本に生きる私たちと地続きなものの画像1

■『なにかが首のまわりに』(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ)

【概要】

 2013年発表の長編『アメリカーナ』で、アフリカ・ナイジェリア出身作家として初の全米批評家協会賞を受賞している女性作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェによる短編集『なにかが首のまわりに』。彼女のスピーチ音源が歌手ビヨンセの「Flawless」に組み込まれたり、クリスチャン・ディオールのTシャツにそのメッセージがデザインされたりと、作家としてだけでなく、アフリカと世界をつなぐオピニオン・リーダーの1人として注目され、幅広いジャンルに影響を与えている。

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 『なにかが首のまわりに』は、ナイジェリア出身女性による、アフリカに生きる女性やアフリカから米国に居を移した女性の人生のひとときを切り取った短編集――と紹介すると、日本に生きる自分には遠い世界の話と感じる人が多いかもしれない。しかし、どの短編にも、特に女性ならばふと感じたことがあるような違和感や苦楽が織り込まれ、まるで親戚の話を聞いているような身近さで彼女らの日常が迫ってくる、きわめて普遍的な物語だ。

 本作に収められている短編は12で、ほとんどがアフリカ女性をメインに据えている。「アジアの女性」でくくられる範囲が非常に広いように、「アフリカの女性」といっても、肌の色や出身民族、家庭環境、経済状況、宗教など、どれをとってもバラバラだ。千差万別な女たちがいるのに、「黒い肌、縮れた髪」という外見で、中身まで印象で判断されてしまう戸惑いを繊細に表現した表題作や「先週の月曜日に」「結婚の世話人」など、米国で生きるアフリカ出身女性の物語が、特に強い印象を残す。

 表題作「なにかが首のまわりに」の女性主人公が生まれ育ったナイジェリアの公用語は英語だ。経済都市ラゴスは貧富の差も激しいが、ビルが立ち並び、車で移動する人も珍しくない。しかし、移民として米国で暮らし始めると「どこで英語おぼえたの?」「アフリカにはちゃんとした家があるの?」「車を見たことはあったの?」など、米国人から悪気のない質問攻めに遭う。アフリカについて無邪気に質問する人々――私たちも無縁ではない――がいかに滑稽に映っているか、恥ずかしくなるくらい正確に捉えている。しかし本作は、そういった先進国の傲慢をカリカチュアすることが主題ではない。本作の冒頭は「アメリカではみんな車や銃を持ってる、ときみは思っていた。おじさんやおばさん、いとこたちもそう思っていた」という、「ナイジェリアに暮らす人々から見た米国」のイメージから始まっているからだ。

 よく知らない国について、または未知の属性を持つ人について、自分の知っている大まかなイメージだけで語りがちなのは誰でも同じことだ。大抵の場合、そこに悪気すらない。しかし、「●●について無知で当然」という態度を、マジョリティーという傘に守られたままで個人に向ければ、相手の自尊心を削る傲慢な行為になる。そして、多数派であればあるほど、そのことに鈍感でいられる。本作では、米国でもアフリカでも、「女性、有色人種、後進国」と、さまざまな局面で弱い立場に属する人々が残酷に自尊心を削られていく瞬間が緻密に描かれている。そこに横たわるやるせなさ、ユーモアといたわり合いで回復しようと試みる人々への共感は、アフリカ出身者だけが感じる特有のものではなく、弱い立場に属したことのある人なら誰もが共有し、慰めを感じられるものだろう。

 本作にはアフリカの政治的・宗教的な抑圧、暴動による苦境を描いた「ひそかな経験」「アメリカ大使館」や、米国での快適な暮らしと故郷の環境の齟齬から生まれるジレンマを描いた「イミテーション」、西洋文化がアフリカにもたらしたものを家系3代を通して描いたサーガ「がんこな歴史家」など、アディーチェだからこそ説得力をもって伝わるトピックもちりばめられている。私たちが報道などで想像しがちな「アフリカ」の一面も描かれてはいるが、その苦難がことさら強調されるわけではない。ネガティブな経験と同じくらい、彼女たちの生きる普通の日常が語られているからこそ、「住む世界の違う人々」ではないことを感じさせてくれるのだ。

 年齢も、育った環境もバラバラな女性の人生を垣間見たような本作の読後には、まるで親密な女友達が遠い土地に増えたような感覚が残る。一度も行ったことのない場所にも、似たようなことで笑ったり、傷ついたりする女たちが多分いて、今日も一日を生きている。そう信じられることは、不思議と私たちを力づけてくれる。文字の羅列が、読者の想像力を思いもよらない場所まで引っぱってくれる――そんな読書の醍醐味を深く感じられる一冊だ。
(保田夏子)

最終更新:2019/10/14 17:00
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