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『あちらにいる鬼』レビュー:誰にも理解されない「一筋縄ではいかぬ男への恋慕」が結びつけた、妻と愛人の数奇な友情

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――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

■『あちらにいる鬼』(井上荒野、朝日新聞出版)

■概要

 2008年には『切羽へ』(新潮社)で直木賞を、18年には『その話は今日はやめておきましょう』(毎日新聞出版)で織田作之助賞を受賞するなど、多様な作風で実績を残す作家・井上荒野。彼女の最新刊『あちらにいる鬼』は、男性小説家とその妻、小説家の愛人を描いた長編小説だ。自身の父であり芥川賞作家である井上光晴と母、父と不倫関係にあった瀬戸内寂聴がモデルになっていることで、大きな反響を呼んでいる。

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「作者の父井上光晴と、私の不倫が始まった時、作者は五歳だった」

 寂聴から寄せられた異色の帯文が目を引く本作は、著者の父母と、父の愛人だった寂聴の関係をフィクションに昇華した小説だ。作中に登場する小説家・白木篤郎は明らかに光晴で、篤郎の愛人・みはる(出家後は寂光)は、寂聴そのままだ。そう聞いてしまうと、よその家庭のゴシップをのぞくような下世話な好奇心を携えて本を開かざるを得ないのだが、本作で淡々と描かれているのは、人生の華として扱われがちな恋愛の、重くて鬱々とする側面だ。

 「戦後派」を代表する作家・篤郎は、妻子がいるのに、好みの女性を見つけたら口説かずにはいられない、そしてそのことを妻に無意識に伝えずにはいられない、どうしようもない男だ。美しく、プロのような料理の腕前をもち、篤郎の仕事の助手でもある、妻として非の打ちどころのない笙子(しょうこ)は、そんな夫にあきれつつも、数カ月単位で恋人を替える夫の行状に知らぬふりを続けていた。そんな中、仕事の旅行で篤郎と出会った流行作家・みはるは、彼に引かれ、関係を持つようになる。作家の師弟としても結びついた2人は、これまで篤郎がカジュアルに繰り返してきた恋愛とは異なる、深い関係を紡ぎだす。数年の交際ののち、恋愛の行き着く先に死を感じたみはるは、生き抜くために出家を決める。出家という反則技で無理やり恋愛関係を断ち切りつつ、友人として篤郎をつなぎ留めたみはる(寂光)に羨望を覚えた笙子は、寂光と友情のような関係を作り上げていく――。

 笙子とみはる、交互に替わる2人の女性の視点を通して、約半世紀にわたる3人のもつれた関係が浮かび上がる本作。全編を通して際立っているのは、まず、白木篤郎という男の一筋縄ではいかない姿だ。

 小説に真摯に向き合い、社会の不均衡のせいで報われない人々に心底心を痛め、自費を投ってまで地方の人々の啓発に心を砕き、幼い娘たちが大人になることに思いを馳せて涙ぐむ。そんな純粋な優しさや情熱と表裏一体で、女性にだらしなく、女を口説いては捨てることをやめられない。流産させられたことで自殺を図った女への見舞いに妻を遣り、自分はその妹と付き合い始める。口説いている女たちを、寂光の自宅に連れてくる。都合が悪くなれば、子どもがつくようなウソでその場をしのぐ。ウソをついているうちに本人も真実と信じ込んでしまうため、周囲が否定すると怒りだしてしまう。

 そんなでたらめな男に本気で呆れているのに、笙子も寂光も結局死ぬまで篤郎を手放さない。2人の目に映る篤郎は、ウソも優しさも同じぐらいの熱量で吐き出す厄介な男だ。他の誰にも理解されない矛盾した篤郎への理解と恋情が、笙子と寂光の間では共有できたからこそ、篤郎の死後も2人の交流が静かに続いていくのだろう。

 本作冒頭から最後の一文まで貫かれているひとつのテーマは、一旦とらわれてしまえば理屈も通らない、恋愛の不可思議な一面だ。3人とも初めての恋でもないのに、それぞれの恋に人生を大きく翻弄され、執着から逃れられない様子は、はたから見ればまるで病のようだ。実際、本作の中では、恋と病はほぼ同様に描かれている。

 終盤、長年数多の“浮気”と“本気”を黙認してきた笙子が、篤郎の軽い浮気に「どうして今許せないのかわからないまま」初めて強烈な嫉妬を爆発させる。それは、自覚症状はないものの、篤郎ががんに侵され始めたタイミングだった。さらに、寂光の視点ではより端的に、「白木がわたしから離れていく。(略)病気はあたらしい女みたいに、彼に寄り添っていた」と示される。ふたりにとって篤郎の病が彼の新しい恋愛のように映るのは、3人の長く深く絡み合った恋愛関係自体が病である、という著者からの示唆のようにも見える。

 篤郎の死後、笙子自身の希望で、寂光が住職を務める寺に篤郎の墓がつくられ、笙子も共に入ることになる。そして、現実でも、井上夫妻の遺骨は、寂聴が住職を務める天台寺に納められている。「誰にもわかりはしないのだ」「好きなように推測すればいい」――寂光の独白通り、3人の誰より近いところで見てきた荒野が推測を昇華させた本作は、ずっしりとした読みごたえを残す一冊だ。
(保田夏子)

最終更新:2019/03/17 19:00

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