コラム
[連載]悪女の履歴書

「お嬢さんと呼ばれたかった」通り魔に成り果てた中年女・伊田和世の欲望と孤独

2014/01/26 21:00

■「お嬢さん」と呼ばれたかった

 和世が生まれ、犯行に至るまでの時代は、大量の心の病、それも女性に特徴的と言われる病が量産された時代である。AD、片付けられない女、プチウツ、愛人バンク、援交、買い物依存症、娘を支配する呪縛する母――。これら多くに和世が当てはまる。

 和世の心は10代で止まったままのようでもあった。

 和世は死体や殺人、解剖の本を読み、スプラッタービデオなどを見るうちに興奮を覚え、そして次第に「人を刺し殺してみたい」と思うようになっていったという。この欲望は溺愛していた猫の避妊手術によって増幅され、まずは身近な人形でそれを試し、他人の家や空き地にばら撒いた。これはまるで14歳で「人を殺してみたい」と年少の少年を殺し、首を切断して学校に置いた酒鬼薔薇聖斗をも彷彿とさせる。

 幼い精神は、和世の中に奇妙なアンバランスさを形成し、さらに周囲から孤立させた。さらに自己認識や客観化の欠如もそれを加速させる。そして「イライラした気持ちがスッキリするのでは」という脅迫観念において、次々と若い女性を襲っていった。

 若い女性を狙ったことについて和世は、「父の家で『お嬢さん』とチヤホヤされたことが頭にあった」と言われているが、身内からも疎まれた和世を思うと、それはあまりにも悲しい結末である。

 和世は逮捕後も、中学時代のボーイフレンドに「結婚して!」「反省はしていない」などの手紙を書き、家に残した猫の処遇を巡って弁護士を解任するなど、奇行とも思える行動を繰り返した。40歳近くになっても、自分の置かれた状況さえきちんと理解しているのか、そんな疑問さえ浮かぶエピソードである。
 
 和世は裁判の精神鑑定で人格障害などと診断されたが、名古屋地裁はこれを認めず、2006年に無期懲役を言い渡した。弁護側は控訴せず、刑が確定している。控訴しなかったのも、和世の無知や投げやりさを思わせるものだが、周囲から理解されることのなかった和世は、現在も「反省なき」獄中生活を送っているのだろうか――。
(取材・文/神林広恵)

参照文献:『自転車通り魔女の性と生 福田ますみ』(「新潮45」04年5月号)、『女という病』(中村うさぎ 新潮社)

最終更新:2019/05/21 18:54
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