コラム
【連載】彼女が婚外恋愛に走った理由

「綾奈ちゃんママ」という呼び名に縛られて――婚外恋愛する女の娘への思い

2013/09/01 16:00

 セックスレスや家庭不和のストレスから、婚外恋愛に走る女性は多い。しかし、麻由さんはまた別の願望から、婚外恋愛をしているようだ。

「名前を、呼んでもらいたいんです」

 恥ずかしそうに目を伏せながら麻由さんは言う。

「主人や義父母は、私のことを“おい”とか“ねえ”としか呼ばない。もう、あきらめているんですよね。今さら彼らに『ちゃんと名前で呼んでよ』なんて言う気力もない。唯一残された呼び名は長女である“綾奈(仮)”の名前を取って付けた“綾奈ちゃんママ”でした。今の私、名前を呼んでくれる相手は親と彼だけなんですよ。“綾奈ちゃんママ”としか呼ばれることのない生活の中で、唯一彼だけが“麻由”と呼んでくれる。彼に名前を呼ばれることで、私は今日も私として元気に過ごすことができるんです」

 麻由さんが婚外恋愛をするのは、自分の存在を取り戻すための手段というわけだ。

■子どもたちと同じくらい大事なもの

「名前を呼んでもらいたい」という欲望は、共感できる。しかし、子どもの名前で呼ばれることを窮屈と感じることに、罪悪感はないのだろうか。もし、子どもたちに「パパ以外の男の人が好き」という事実を知られたら、麻由さんはどう感じるのだろう?

「子どもたちは何よりも大事……2人の娘とは、近所で“三姉妹”と比喩されるほど仲良しです。けれど、こんなことを言ってはいけないのかもしれないけれど、同じくらい自分自身も大事にしたいんです。じゃないと子どもたちを守れないでしょう?」

 この言葉を聞いた時、ふと合点がいった。子どもたちの前でも“個”を貫きたいという麻由さん。“親子”ではなく“三姉妹”と呼ばれるのも、その思いを周囲が感じ取っているからなのかもしれない。
 
 端から見れば、自宅の離れに広い教室を持つ、優しい旦那さんと可愛い子ども2人に恵まれた、ピアノの先生。安定した愛と生活と、夢。女としての幸せをすべて手に入れられても、なお埋まらない隙間があるなんて、女の欲望は底が深い。鍵盤を叩く彼女の脳裏には、今日も誰かの“麻由”と呼ぶ声がこだましているのだろうか――。
(文・イラスト=いしいのりえ)

最終更新:2013/09/01 16:00
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