コラム
[連載]悪女の履歴書

戦後初の死刑確定囚・山本宏子、主婦からの共感を集めた貧困の中の殺人

2013/06/16 15:00

■貧困の時代での子育てに共感する主婦たち

 宏子は普通に暮らしていれば犯罪を犯すような女ではなかった。また一審判決の際、娘の名前を叫び続けたこと、法廷でのいじましい態度、働かない夫に尽くし4人の子どもを抱えて切羽詰った末の犯行などが、マスコミを通じて次第に世間に広まっていく。時代が、環境が犯した罪――。事件の背景が明らかになるにつれ、宏子に同情した主婦を中心とした嘆願書請求が全国で巻き起こっていく。貧困や生活苦は決して他人事ではない。そんな当時の多くの主婦たちの共通した心情だったのだろう。

 宏子の獄中での態度も主婦たちの同情に拍車をかけた。念仏を唱え被害者へ贖罪をする日々。教誨師の話を熱心に聞き、また俳句にも傾倒していった。俳句には残してきた子どもたちへの深い愛情と、死への覚悟、思いが綴られ、俳句の指導をした俳人をも感嘆させたという。仏教の信仰に入り写経も熱心だった。「子を想う母の心を哀れと思召して、せめて刑務所から子供たちの将来を見守らせてください」という宏子の書いた上申書は世間だけでなく、高裁判事の同情をも誘ったという。

 死刑確定後は刑執行の際の心得を看守に聞くなど、自らの運命を必死で受け止めようとした宏子。死刑執行用の着物を準備し、死の覚悟を固めつつあった。しかしだからといって葛藤がなかったわけではない。俳句からは子どもたちへの懺悔の心情、悔恨など、物静かだった宏子こそゆえの葛藤も垣間見える。

 そしてもうひとつ、宏子の犯行には情状すべき事情もあったといわれる。それが殺害された菊代の夫である金城義男との関係だ。

 義男は宏子に対し、何くれとなく親身になったことは既に書いたが、それだけではなかった。事件直後、義男は燃えさかる自宅から近所の住人たちによって救出されたが、その際「このまま死ぬ」と言って助けを拒んだのだ。無理やりのように救出された義男だったが、救出後は「妻を殺して家に火をつけたのは自分だ」と周囲に自分の犯行だと主張さえした。宏子が返した借金のお札に番号が振ってあったことで、この身代わりとも思える義男の自供はすぐに嘘だとバレたが、しかし義男はなぜそんな偽証をしてまで宏子を庇おうとしたのか――。
(後編につづく)

最終更新:2019/05/21 18:56
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