『バケモノの子』『おおかみこどもの雨と雪』『サマーウォーズ』細田守作品における女性ヒロインと家父長制

 細田守監督作品『バケモノの子』を観てきました。

 映像がきれい(とりわけ、光と影を映す鏡面としての水の描写が美しい)で、ストーリーもまあ面白かったものの、観終わった第一の感想は、「細田作品のヒロインって、毎度のことだがすぐ妊娠しそうだな……」でした。

◎あなたと私の共依存

 「すぐ妊娠しそう……」というのは、自己評価が低いゆえに共依存スイッチが入りやすく、辛くても脳内麻薬で認識をゆがめて「私とっても幸せ!」と言って周りの助言を突っぱねてしまうので、取り返しのつかないところまで加速しやすいタイプの女性を表した言葉です(すべての妊娠や出産そのものを、共依存の結果だと見ているわけではありませんので悪しからず)。

 『サマーウォーズ』のヒロイン篠原夏希も、『おおかみこどもの雨と雪』の花と雪も、『バケモノの子』のヒロイン楓も、本当に21世紀の女性を描いたのだろうか? とびっくりするくらい内面がなくて、「男のために存在する」以外のアイデンティティが与えられていません。

 『サマーウォーズ』の篠原夏希は主人公の通う高校においてアイドル的存在ながら、美しいことと若いことしか取り柄がありません。作品内で唯一の彼女の見せ場は花札バトルの代表として戦うシーンですが、花札好きの親族が大勢いる中でなぜ彼女が代表に選ばれたのか、理由は明かされません。彼女の行動に賛同し、花札の賭け金がわりの命を(アカウント)を託す大勢の人々が現れたことも、親戚のおじさんは「(夏希が)美しいからだ」と評すなど、典型的なトロフィーワイフです。

 『おおかみこどもの雨と雪』の花は、頑張って国立大学に入学したのにおおかみ男と恋愛して妊娠し、大学に行けなくなってしまいます。花の場合、両親がおらずアルバイトで生計を立て学費も捻出しなければならない苦学生だったから……と理由付けされているのかもしれませんが、友人らしき影が皆無です。学生が学業をおろそかにすること事態そもそも問題ですが、学業以外の交友関係がオオカミ男との恋愛関係だけという共依存環境は、学生でなくても避けるべきです。娘の雪も、出自や思春期の悩みを抱えてはいますが、彼女の悩みは「好きな男の子に受け入れてもらえた」というただ一つの理由で雲散霧消してしまいます。

 最新作『バケモノの子』のヒロイン楓は、前二作のヒロインに比べて登場時間が短いゆえに、ジェンダースタディーズ的な視点から叩かれることは少なそうですが、それでも、短い登場時間の中で彼女が「主人公の少年・九太(蓮)のため」以外に存在することはありませんでした。母子家庭の一人っ子だった蓮は9歳で母と死に別れ、バケモノの世界に迷い込みます。めちゃくちゃ強い熊のバケモノに弟子入りし“九太”という名前をもらい、修行を詰んで成長します。17歳で人間界とバケモノ界を偶然にも行き来することが出来るようになった九太は、進学校の女子高生・楓と出会うのです。

 楓は九太のために勉強を教え受験の準備をし、八つ当たりされてもやさしく受けとめ、夜分に呼び出されたらすぐ向かう。いつでもどこでも手数料もなしにプライスレスなケアが引き出せるATMみたいです。

 『時をかける少女』は別としても、これら作品のヒロインたちは、「共依存スイッチ」を押しやすいタイプの女性として描かれているように見えました。

◎関係性が「壊れない」前提

 彼女たちはみな、友達がいません。

 同性異性問わず、悩みを相談したり、話を聞いてもらったり、話を聞いたりするような関係の友達が一人もいないのです。

 篠原夏希に友達がいれば、自らのプライドのために夏希に気がある後輩に「恋人ごっこ」をさせることの残酷さを忠告されたでしょうし、花に友達がいれば、妊娠した時、出産する時、大学を辞める時など、様々なアドバイスや受けられる支援サービスなどの情報が得られたかも知れません。少なくとも恋人の死後、シングルマザーとして近所のすべてから孤立する事態には陥らなかったのではないかと思います。

 クラスでいじめられている上、親ともうまくいっていない状態である楓に、恋人以外の人間関係も重要であると説いても伝わらないかもしれませんが、視点や場所を変えれば新しい友達に出会うことは可能です。なにより、一人しかいてはいけない(ことになっている)恋人だけに依存するよりも、複数の異なる友達から意見を聞く方が、彼女が抱える悩みや問題解決の近道であると思います。

 困ったときに頼れる人、力になってくれる人が一人もいないことも、一人しかいないことも、同様に問題があります。

 親子、兄妹、友達、恋人、関係性が壊れることなんて当たり前にあるからこそ、自分が頼れる人は一人でも多い方が良いと思うのです。

 なのになぜ、彼女たちには友達がいないのでしょうか?

 それは物語上は、たった一人の恋人との関係性をドラマチックに盛り上げるために他なりません。

 彼女たちはきっと、恋人に嘘偽りなく「あなたしかいない」と言うでしょう。友達がいないし親子関係も良くない(『サマーウォーズ』はちょっと違いますが)、依存できる先が恋人しかないのだから当然です。

 また、「家族だから、恋人だから全力で力を合わせなければならない/合わせられるはず」というものでもありません。前述のように、関係性が壊れるのはよくあることですが、細田作品においては、「絶対に壊れないもの」として描かれています。それ自体がファンタジーであるとしても、「家族や恋人には壊れない強い絆がある」と断定してしまうことは危険ですし誤りです。

◎保守的な家族・親子・恋愛観

 『サマーウォーズ』が描いた「日本の田舎いいなあ、大家族っていいなあ~」の中身が「女は家事育児/男は仕事と遊び」「田舎にプライバシーなし」「親族で悪いことをするのは妾の子」「少年は能力、少女は若さと美しさが評価される」というものであったことには大きな問題があります。

 保守的なジェンダー観のノスタルジーを伴う全肯定は、ジェンダーギャップ指数世界104位である現在の日本が、子供の集客も多く見込んだ映画作品で描くべきことではないと思いますし、どんな人にも尊重されるべきプライバシーがあります。婚外子差別は論外ですし、「身内の尻拭いは親族の務め」という考えは、報復や私刑を産む豊かな土壌です。少女が若さと美しさしか評価されないということは言うまでもなく人権蹂躙です。

 細田監督は『バケモノの子』公式サイトに寄せたメッセージで、「現代社会の変容とともに家族観も変化するのは必然」「旧来の伝統的な家族観はもはや参考にならず、私たちは家族の新しいあり方を模索しなければならない瀬戸際に立たされている」と述べています。そのうえで、この作品を「ひとりぼっちの不幸な少年が、強いけれど身勝手な独り身のバケモノと出会い~~本当の親子にも負けない強い絆を得る物語です」と説明しているのですが、「本当の親子は強い絆があって当然」だと考えている監督は、「旧来の伝統的な家族観」に囚われたままなのでしょう。細田監督には家族観の変容を十分に受け止めることが出来ていないのではないでしょうか。

 監督は「家族」というものに幻想を抱いていますし、同様に「恋人」という関係性についても「愛し合っていれば絆は壊れない」と思い込んでいるようです。『バケモノの子』の楓は、「登場時間が短いゆえに、ジェンダースタディーズ的な視点から叩かれることは少なそう」と先ほど述べましたが、九太と楓の恋愛関係の描かれ方には疑問が残ります。

◎恋人さえいれば…

 バケモノの世界で暮らす人間は、九太だけではありません。バケモノ界の強者ツートップは熊と猪なのですが、猪には2人の息子がいます。次男は猪ですが、長男の一郎彦は、赤ん坊の頃に捨てられ、猪に拾われて育てられた人間です。この一郎彦が物語のクライマックスとなる大事件を起こすのですが、ここから先はネタバレとなりますので、知りたくない方はご遠慮ください。

 バケモノ界に生きる人間・九太と一郎彦も、人間界で暮らす楓も、それぞれ「親子関係」に悩みを抱き、心に闇を抱えます。

 九太は人間の親(実父が存命です)とバケモノの親(熊)の間で板挟みになります。一郎彦は、バケモノのような成長(性徴)が表れない自分に不安と負い目を抱き、顔を隠すようになります。楓は親からの期待に必死で答え続け自らを抑圧してきたことのむなしさと、期待に答えられなかったら見捨てられるかもしれないという不安を抱いています。

 バケモノ界の頂点を決めるバトルが大騒動に発展し、九太と一郎彦は心の闇が暴走しそうになりますが、九太は楓のおかげで心の闇を暴走させずコントロールすることができるようになりました。心の闇を暴走させた一郎彦は、半透明の大きな鯨になり、人間界を混乱に陥れます。物語にも出てくるメルヴィルの『白鯨』では、巨大な白いマッコウクジラ「モビィ・ディック」が片足を失った捕鯨船の船長エイハブにとって復讐するべき悪の象徴となりますが、半透明の大きな鯨になった一郎彦も、まるで悪の象徴であるかのように無差別な破壊を続けます。

 心の闇を暴走させた一郎彦とさせなかった九太の一番大きな違いは、献身的に支えてくれる恋人がいたか否かでした。親子関係がつらいときに献身的に支えてくれる恋人がいなかったゆえに無差別に街を破壊する一郎彦と、「恋人がいればこんなことはしなかった」と後に語る、秋葉原の街にレンタルトラックでつっこみ無差別殺人を犯した加藤智大の心理はどこかにているように思います。

 細田作品の主人公の男性たちは、どこか、「つらくても恋人さえいればがんばれる!」と無邪気に思っているのではないでしょうか。細田作品は、「恋人さえいれば世界はなんとかなる」という無邪気な信頼によって成立していると思うのです。

 そうであった場合、「恋人さえいれば世界はなんとかなる」という無邪気な世界を成立させるために捧げられる供物は、「男のために存在する以外のアイデンティティがない女性」と「恋人がいないから無差別破壊をする男性(=悪)」に他なりません。

 『サマーウォーズ』で人々を混乱に陥れた人工知能「ラブマシーン」を開発したのは陣内家の妾の子である陣内侘助であり、『バケモノの子』で心の闇を暴走させ街を無差別に破壊したのは父の息子である自信を失っている一郎彦でした。

 細田作品に、「映像は奇麗なんだけど……」という違和感を感じる人が少なくないのは、この、とんでもなく大きく保守的なヘテロモノガミーとリア充感を、女性の無条件無尽蔵な献身と、物語の中で家父長になれない男の暴走によって描いているからではないでしょうか。

■ 柴田英里(しばた・えり)/ 現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。Twitterアカウント@erishibata

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