[連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第5回

“幸せウツ”に怯える女子に、新たな王子様像を示した『娚の一生』

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『娚の一生』1巻/小学館

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!

<今回紹介する女子まんが>
西炯子『娚の一生』1~2巻
小学館/各420円

 いつか王子様が――。それは少女まんがにとって永遠のテーマであります。たとえば『のだめカンタービレ』における千秋真一。たとえば『君に届け』における風早翔太。彼らは決まって若く、容姿端麗で、才能豊かであったり、はたまた超人的な人格者であったりします。でもそれがもし、関西弁を操る51歳のオッサンだとしたら? 『娚の一生』は、そんな加齢臭漂う「王子様」が登場する、異色のラブストーリー。ワタクシ的2009年ベスト女子まんがであります。

 主人公・堂薗つぐみは30代も半ばを過ぎたキャリア系女子。すでに大手電機メーカーの管理職にあり、ビシバシと仕事をこなす一方、恋愛面ではどこか抜けたところがあって、長年既婚男性との不倫関係に悩んでいました。主人公の造形を「働きまんが」の文脈から考えると、典型的な「仕事上手の恋愛下手」です。『働きマン』の松方然り、『REAL CLOTHES』の天野然り、『モンキー・パトロール』の花枝香然り……。

 転機が訪れたのは祖母の死。そのまま祖母の家に居着いて、在宅勤務に切り替えたつぐみの前に現れたのは、かつて祖母に横恋慕していたという51歳の大学教授・海江田でした。海江田の、適当ながらも積極的なアプローチに、当初は警戒心満々だったつぐみも、次第に心を開いて行きます。

女として、受け身であることの喜び

 ここには確かに切り崩されていくことの快感があります。無我夢中で働き続ける間、つぐみが無意識裡に身にまとっていた心の角質を、シンプルな情熱と、ユーモアと、知性とで削ぎ落としていく海江田。「いつか王子様が」という願望と通底するのは、受け身の姿勢にほかなりません。

 しかし「ぼくには君ほどたくさん時間はない」と言う海江田もまた、「人生」という圧倒的な有限性の前には受け身の存在であります。残された人生はかなりの確率でつぐみよりも少なく、その眼差しは既に死を射程に捉えていることでしょう。受け身であることの可能性と現実を、本作は提示します。

 東電OL後 の世界に生まれ、バブルの恩恵を受けることもなく、新自由主義の荒波にもまれてきた主人公・つぐみの世代は、攻めること、努力すること、積極的であることをよしとする風潮の中で育ってきました。仕事という合理性重視の世界では、確かにそれもよいでしょう。が、「人生」や「恋愛」という局面で見たときに、それって正直どうなんでしょう?

 海江田の言葉は、人間がそもそも受け身の存在であることを思い知らせます。大切なのは、努力や積極性で以て自己実現しようとするカツマー的な欲望でもなく、ままならぬ日々を憂う’90年代おしゃれまんが的な感傷でもなく、受け身であることの認識から始まる「現実」ではないでしょうか。

 世界は常に私たちの思うようには動いてくれませんが、でもその中にある一縷の、だけど確かな希望を、西炯子先生は描きます。かつての王子様たちのように、夢に溢れた生活や、華やかな日々も約束してはくれませんが、51歳の王子様は、仕事だけがすべてではない現実へとつぐみを引き戻します。それは51歳だからこそできる力業。「君のその『幸せウツ』にぼくはつきあう気はない」「ぼくは『結婚しよ』と言うてるだけや 『幸せになろ』なんか言うてへん」という海江田のセリフは、私たちに「夢の終わり」を思い知らせる残酷な言葉ではありますが、同時に最大級の赦しの言葉 でもあるのです。

『娚の一生 1』

言葉の端々にグッとくるものがあります

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