コラム
老いゆく親と、どう向き合う?

性虐待された父親を「許すのも、許さないのもつらい」——傷を背負いながら介護をする女性

2023/02/12 18:00
坂口鈴香(ライター)
写真ACより

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 両親から虐待され、実家を離れていた黒沢美紀さん(仮名・45)は30年ぶりに地元に戻った。「何かあったら助けちゃる」と思っていたが、脳梗塞で倒れた父・昇二さん(仮名・75)からは、感謝の言葉どころか暴言を吐かれた。再び転倒し入院している昇二さんのために動く自信がなくなっている。

「お父さんに戻ってきてほしい」と願う母

「もう、私は父のために動くことはできないかもしれません。今も『母のために』と言い聞かせて動いています。今日も母に付き添って父の面会に行ってきましたが、両親は久しぶりに会ってうれしいのか、笑顔で言葉を交わしていました」

 昇二さんは老いて暴力をふるわなくなったが、母の良江さん(仮名・70)には聞くに堪えない暴言を吐く。それなのに、良江さんは病気に振り回されていたときの記憶があいまいになっているのか、昇二さんに暴力をふるわれていたことをあまり覚えていないようだ。

「それに、母は驚くくらい“スルースキル”を持っていて、父の暴言をスーッと聞き流しているんです。私なら父のような夫のそばにいるのは、絶対に無理だと思うのですが」

 昇二さんが入院して、一人暮らしになった良江さんを心配していたが、特に問題なく生活しているという。美紀さんや妹の理香さん(仮名・43)が、「お父さんのいない自由を知ったら、お母さんはお父さんともう一緒に住みたくなくなるんじゃないの」と心配していたが、良江さんは「お父さんには帰ってきてほしいわぁ」と答えたという。

親を許すのも、許さないのもつらい

 それにしても、だ。なぜ、そこまでされた昇二さんを「助けちゃる」と思えたのか――。美紀さんは「親を憎むことの罪悪感が、自分の中にずっとあったんだと気づいた」という。

「どんなにひどい父でも、私はこの人の娘だから。父がことあるごとに妹と私を比べ、アホ呼ばわりしたり、怒鳴りつけたりして、自分のことを受け入れてくれないさびしさもあったのだと思います」

 夫は、「縁を切っていい。それだけのことをされているのだから」と言ってくれた。でも、昇二さんを憎むのもつらいし、しんどいのだ。

「許すのもつらい。でも許さないのもつらいんです」

 人を憎むと自分のことが嫌いになるし、エネルギーを割くことになる。憎んでもむなしいだけ。憎むのが嫌になったから、昇二さんのことを「嫌いやけど、何かあったときには助けちゃろう」になったのかもしれない、と洞察する。

 「本当は、父のことをどう思っているのか」――美紀さんは自問する。父は、自分のした性虐待で、自分がどれだけの苦しみを負ったのかも知らないだろうし、自殺を図ったことも知らない。言ったとしても、父が謝罪するとは思えないし、それでさらに傷つけられるだろう。母は子どもたちのことを愛したかったのに、病気のために愛することができなかった。でも、父は人から愛されたことも、人を愛したこともなかったのだろう……。

 いまだにフラッシュバックを起こしそうになる自分を、父の前に差し出すのは違うんじゃないかとも思える。自分のことは守らないといけないとも思う。夫は、「最大の復讐は幸せになること」と言ってくれた。

 昇二さんの退院はそう先ではない。良江さん一人ではどうにもならないから、美紀さんが助けてあげるしかない。良江さんには会いたい。でも昇二さんには会えない。

「なぜ自分に与えられたのはこの人だったんだろう。なぜ自分がこんなに重い十字架を、この人のために背負わなければならなかったのか――」

 これから先、昇二さんや良江さんが、そして美紀さんの気持ちがどうなるかはわからない。昇二さんが亡くなったとき、どんな気持ちになるのか。亡くなった後も、きっと葛藤は続くだろう。

続きは2月26日公開

坂口鈴香(ライター)

終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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最終更新:2023/02/13 13:28
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