コラム
老いゆく親と、どう向き合う?

デイサービスで出会った元バンドマンと元ダンサーの老夫婦――2人が突き付けられた厳しい現実

2022/12/04 18:00
坂口鈴香(ライター)

 「昔取った杵柄」「認知症になっても昔のことは忘れない」――というのは、悲しいかな例外もあるようだ。智宏さんの指はぎこちなく、何度も間違えては同じところを繰り返す。

「指が動かないんだよ。昔はお客さんのリクエストに合わせて、即興でも弾けたんだがね」

 気を利かせたつもりで、キーボードを出してくれたスタッフも気まずい雰囲気だ。集まっていた利用者たちはおしゃべりに夢中になっている。

 申し訳なかったな、と居心地の悪い思いをしていたその時、保子さんの指がトトトトン……とリズムを取っているのが見えた。私たちには、智宏さんが何の曲を弾こうとしているのかさえ、さっぱりわからなかったが、保子さんはハミングまでしている。満足そうに、智宏さんを見つめる保子さんは、智宏さんに恋していた頃に戻っていたようだ。

 組んだ足は、今にも踊り出しそう。しかし、保子さんは膝が悪くて、杖なしでは歩けない。もちろん、もう二度と踊れることはない。

 つたないながらもピアノを弾く老バンドマンと、傍でリズムを取る老ダンサー。デイサービスのキーボード前が、2人の舞台だった。華やかだった時代の輝きが2人を包んでいるように見えた。

 ……と、ここで美しく終わらせてくれないのが「ヨロヨロ・ドタリ」期だ。

 実はこの2人、経済的事情でデイサービスの回数を減らさざるを得なかったのだという。バンドマンとダンサー。不安定な雇用形態で、蓄えができなかったのだろうか……。厳しい現実を突きつけられて、デイサービスを後にしたのだった。

坂口鈴香(ライター)

終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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最終更新:2022/12/04 18:00
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