[官能小説レビュー]

刑務所で出会った男同士の「無償の愛」を描くBL小説『箱の中』

2020/01/13 21:00
いしいのりえ
『箱の中』(講談社)

 BL(ボーイズラブ)と官能小説の共通点といえば「爽快なマンネリ」だと私は思っている。昔から書き続けられた官能小説のさまざまな「あるある」を、作者が独自の視点で練り直し、新しい「マンネリ」を生む。セックスを書くという単純明快なお題目に対して、これほど無限に作品が発表され続けているところが非常に興味深くある。

 BLは官能小説とは似て非なるものだが、官能小説と同じように、いくつかのBLあるあるが存在するように感じられる。そのひとつが「純愛」だ。

 今回ご紹介する『箱の中』(講談社)は、大人気BL作家・木原音瀬の長編作品である。舞台はとある刑務所。主人公である堂野は痴漢の濡れ衣を着せられ、2年の実刑を受けた。真面目で誠実な性格の堂野は、刑事や弁護士から「犯行を認めろ」と懐柔されても、絶対に首を縦に振らなかったのだ。両親は家を売って郊外に引っ越し、婚約していた妹は婚約者と別れた——堂野は絶望のどん底であった。

 犯罪者に囲まれた生活を過ごす中、堂野は同じ房にいる喜多川に声を掛けられる。同じ冤罪同士、刑務所内で仲良くしていた三橋のことを「嘘つき」だと忠告されたのだ。無口でおとなしく、それまで接点が皆無であった喜多川の忠告を無視した堂野だが、三橋が仮釈放中に、自分の両親が何者かによって金を騙し取られてしまう。その後、三橋は冤罪ではなく詐欺師であったことを知り、堂野は死のうと決意する。

 失意のどん底の堂野は所内でトラブルを起こし、懲罰房に入れられる。懲罰房から出てきても、堂野は食事も摂らずに眠りも浅く、涙が流れてくる。布団の中で震えながら泣いていた時、暗闇の中で目が合ったのが、隣の布団で寝ている喜多川であった。泣きじゃくりながら「助けて」という堂野に対し、喜多川はそっと彼の頭に手を添え、ゆっくりと撫でつづけた。

 2人の関係は、その夜以来、急速に縮まってゆく。家庭環境が悪く、ろくに学校に行かなかった喜多川は、人との付き合いが苦手で子どものようにまっすぐなところがあった。堂野に「ありがとう」と言われることに喜びを覚えた喜多川は、それからも堂野に対して、あれこれと尽くしてくれるようになる——。

 純粋な喜多川が堂野に与えるのは「無償の愛」だ。風邪をひいた堂野にこっそりと風邪薬を渡したり、堂野の冷たい足を自分の布団の中に入れて温めたり、手をつなぎ、膝枕をし、下の名前で呼びあって、キスをする。些細な行動のひとつひとつが恋人同士の「普通」であるのに、胸が締め付けられるのは「男同士」だからだろう。決して一筋縄ではいかない、刹那的な恋愛が必須であるところがBLの最大の見せ場なのだ。

 もう幾度となく表現されてきたシチュエーションだというのに、彼らを応援せずにはいられない。物語は堂野と喜多川が出所し、刑務所の外で再会するところまで描かれている。ぜひ、2人のラストを泣きながら見守っていただきたい。
(いしいのりえ)

最終更新:2020/01/13 21:00
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