『ザ・ノンフィクション』目黒・虐待死事件考察

DV・虐待者の「更生・回復プログラム」を考える――『ザ・ノンフィクション』「目黒・結愛ちゃん虐待死事件」

2019/11/02 19:00
森田ゆり

「更生・回復プログラム」の受講を命令する法律がない日本

 DVによる支配とは、相手を自分の思い通りにする“マインドコントロール”にほかなりません。その手段は3つです。

1)相手を孤立させ、外からの情報を遮断する
2)恐怖を繰り返し与え、たまに優しくすることで混乱させる
3)「お前が悪い」「お前のせいだ」と相手を批判し続ける

 その結果は深刻で、恐怖で思考停止状態になり、自分で何かを感じることも、考えることもできなくなります。「支配者の機嫌を損ねないように」と、ただそれだけのためにビクビクしながら暮らすようになります。優里被告は見事にこの3つが揃ったマインドコントロールのもとで、雄大被告の言うがままになり、助けを求めることもせず、娘を死に至らしめた夫の行動を止めることができませんでした。

 収監中に優里被告は、そのマインドコントロールを解き、トラウマに向き合い、自分で感じ、自分で考えて生きていく回復のプロセスを歩んでほしいものです。同時に、雄大被告も元妻と子どもを自分の支配と所有の対象とした優越意識の価値観こそが、この陰惨な虐待死事件を引き起こしたという現実を、深く認識し直す作業が必要です。それは単なる“反省”ではありません。自分を深く見つめ直す厳しさと忍耐を必要とする、時間のかかる作業です。

 しかし、日本の刑務所に、反省を言葉にするだけでない、トラウマの影響を見つめ直すことから始める「DV加害者の更生プログラム」や「DV被害者の治療的回復プログラム」が用意されているとは聞きません。そもそも日本には、DVや虐待の加害者に更生・回復をもたらすためのプログラム受講を命令する法律すらありません。何らかの形でそれをしない限り、刑を終えて出てきた後も、雄大被告は優里被告と息子を追いかけ、DV支配を繰り返そうとするでしょう。一方で優里被告は、その恐怖に怯えて年月を過ごすばかりで、支配をはねのける強さを育てていくことができません。

 上記の見解は、DVと子ども虐待が同時に起きているケースに米国と日本で38年間携わってきた経験及び研究者としての知見から語っています。詳しくは『ドメスティック・バイオレンス』(森田ゆり著、小学館文庫)及び、『虐待・親にもケアを』(森田ゆり編著、築地書館)を参照してください。

■森田ゆり(もりた・ゆり)
作家、「MY TREEプログラム」(虐待に至った親の回復)代表理事。 元立命館大学客員教授、元カリフォルニア大学主任研究員。 1981年からCalifornia CAP Training Centerで、 1985年からはカリフォルニア州社会福祉局子ども虐待防止室トレーナーとして勤務。 1990年からカリフォルニア大学主任研究員として、多様性、 人種差別、性差別ハラスメントなど、 人権問題の研修プログラム開発と大学教職員への研修指導に当たる 。1997年に日本でエンパワメント・センターを設立し、行政、 企業、民間の依頼で、多様性、人権問題、虐待、DV、 しつけと体罰、性暴力、ヨーガ、 マインドフルネスなどをテーマに研修活動をしている。 虐待に至ってしまった親の回復プログラムMY TREEペアレンツ・プログラムを2001年に開発し、 全国にその実践者を養成、 19年間で1138人の虐待言動を終始した修了生を出している。 第57回保健文化賞、朝日ジャーナル・ノンフィクション大賞、 アメリカン・ヨーガ・アライアンス賞など受賞。

最終更新:2019/11/02 19:00
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