映画『少女は夜明けに夢をみる』監督インタビュー

「女に生まれたこと」への絶望と諦め……世界中の女性が感じる痛みを描いた映画『少女は夜明けに夢をみる』

2019/11/01 10:00
小島かほり

これまでの苦しい歩みを感じさせる少女の表情

この狭い空間で悲しみが呼応する(C)Oskouei Film Production

 そんな少女たちの心からの叫びを受け止めているのは、インタビュイーと監督のやり取りを隣で聞いている少女だ。彼女たちの表情、涙、そしてインタビュイーの背に回された小さな手が、どれだけ苦しい人生を歩んできたかを物語っている。監督は彼女たちの関係について、「彼女らは大体同じ悲しみ、同じ痛みを持っている。お互いを慰め、癒やしているのです。少女たちの家庭は、家族の絆が強くないと生活がままならない層です。そんな中で、彼女らは家族から離れて施設に入っている。そのためそばにいる友達を家族の代わりにするのです。だからこそ、彼女らは施設での生活に耐えられる」と説明する。

 これまで「見えざる人(インビジブル・ピープル)」と呼ばれていた彼女たちの痛みを、作品を通して世界に訴えた監督。父権社会のイランでは女性の地位はまだまだ低く、社会構造の変化は簡単ではない。その中で、彼女たちを救うための手段を聞くと、作品そのものだという答えが返ってきた。

「更生施設にいる少年たちを題材とした『IT’S ALWAYS LATE~』『THE LAST DAYS~』では支援者と一緒になって動き、15歳未満は更生施設ではなく保護センターのようなところに収容されるというような運用になりました。またイラン南部のケシュム島では、女性たちは宗教的背景から非常に強い抑圧を受け、眉と鼻を圧迫するような伝統的なブルカ(マスク)を着けていたのですが、彼女たちの心の声を拾った『THE OTHER SIDE OF BURKA』(04)というドキュメンタリー映画を作った後では、島の若い女性は『ブルカをしなくても生きられるんだ』と気づき、着けなくなりました。彼女たちは勉強を始めたり、大学に行ったりしている。映像の影響は強く、人生を変えた人はたくさんいます。今回の映画も、リサーチしている段階では、施設に40人の少女がいたのですけれども、実際に撮影に行くと20人になっていました。映画を撮り終えると7人になり、今は4人。制度を少しずつ変え、施設は最も重い犯罪を起こした子しか入らなくなりました」

 制度は変わっても、社会構造や社会を貫く価値観を変えるのはそう簡単ではない。劇中、彼女たちは施設を訪れたイスラム法学者に畳みかけるように質問する。「なぜ男と女の命の重みは違うのですか?」「父親は子を殺しても責められません。褒められたりする。でも子が父親を殺すと処刑されるのはなぜ?」「(父母の結婚前に自分が生まれたことを周囲に責められる)生まれたのは私のせいですか?」。この問いに答えられる大人ははたしているだろうか。いつの時代の社会のゆがみやひずみの犠牲になるのは、立場の弱い女性や子どもだ。彼女たちを少しでも救うために、私たちはなにをすべきなのか。

(C)Oskouei Film Production

「私はそういった声を上げる一人ひとりの協力者に大きな希望を持っていますが、同時に私たちができることの範囲について疑問も持っています。最終的には、為政者が国民を自分の家族と思わないと、この問題は解決しないからです。国を一人の人間と考えたときに、為政者は脳で、一つひとつの家族は細胞です。脳が自分の利益ばかり求め、全体を見なくなると、他の細胞はがんになったり腐ってしまったりする。最初に腐り始めるのは、ダイレクトに社会と向き合っている親。そうすると、親は自分のことしか考えられずに、子どものことが見えなくなるのです。今回のような作品は世界中で作られているのでしょうが、私は問題を提示するだけでなく、こういった少年少女たちが生まれないような社会を目指しています。でも残念ながら、今の世界はどんどん人間らしさが失われています。人間らしい生活、価値観を取り戻さないと家族はバラバラになっていく。子どもたちをどう育てていくのか、どういった法律を作ればいいのか。要するに子どもたち一人ひとりをちゃんと見ていかないと、子どもたちにいい道を切り開いてあげることができない」

 映画では、かろうじて一人の少女が笑顔を取り戻した顛末が描かれているが、大半の少女は絶望に打ちひしがれ、半ば人生をあきらめたように施設を出ていく。この作品にはカタルシスはない。正解も、救いもない。むしろ、多くの女性が持っている「女というだけで痛めつけられた過去」が彼女たちに共鳴するかのようにぶり返す。それでも“インビジブル・ピープル”とされてきた彼女たちが、顔と名前と声を持って伝える事実に耳を傾けるべきだ。まだあどけなさが残る彼女たちが、眠れぬ夜を過ごした明け方に、「社会には勝てない」「どこかのドブでのたれ死ぬだけよ」と泣いているのだから。そして子どもたちが未来に思いを馳せられるような社会にするために、考え続けなければいけない。少女たちのような環境に置かれた人に出会ったときに、悲しみで震える背に手を回すために。

(文・インタビュー=小島かほり)

『少女は夜明けに夢をみる』

11月2日(土)より、東京・岩波ホールほか全国順次公開

最終更新:2019/11/01 10:00
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