[官能小説レビュー]

おぞましくも心地よい、表裏一体の快感をもたらす『ぼっけえ、きょうてえ』

2019/08/12 18:30
いしいのりえ
『ぼっけぇ、きょうてえ』(角川ホラー文庫)

 女流作家が書く怪談は、ストレートな性描写がないのに湿度を含んだいやらしい雰囲気を醸す作品が多い。文字を読み進めていくうちに、じわじわと恐怖心に包まれる感覚は、セックスの時の愛撫に似たような、体の内側から感情が沸き上がる感覚と似ているような気がするのだ。

 今回ご紹介する『ぼっけえ、きょうてえ』(角川ホラー文庫)は、奇才・岩井志麻子氏の言わずと知れた代表作である。第6回日本ホラー小説大賞受賞作である本作は、女郎の一人称で語られる物語ではあるものの、直接的な性描写は存在しない。しかし、読み進めていくうちに内臓をくすぐられているような、こそばゆく静かな快感を覚える作品である。

 物語は、女郎の「妾(わたし)」の語り口調で綴られている。岡山出身である妾が、この日彼女を買った旦那に「きょうてえ夢を見るから、寝られん」と言われて、身の上話をしているのだ。「きょうてえ」というのは、岡山地方の方言で「怖い」という意味である。

 妾は、生まれて間もなく双子の姉と共に川に捨てられた。奇跡的に助かった彼女は育ての親と共に、凶作続きの貧しい村で暮らし始める。妾は「間引き専業」の産婆である育ての母の仕事を手伝い、10歳にも満たない頃に父親から「オカイチョウ」をされ始める――。

 淡々とした口調で語られる妾の身の上話は、遊郭に売られる前に父親が何者かに殺されたことや、かつて同じ遊郭で働いていた小桃の自殺騒動などのエピソードが盛り込まれている。そして、物語は妾の体の秘密へと迫ってゆくのだが……。

 たおやかで美しい岡山弁で綴られる物語は、実にグロテスクである。さらりと語られる妾の語りを読み進めてゆくと、「間引かれた」赤子によるおぞましい臭気までもが感じられて、思わず本を閉じたくなる。目を覆いたくなるほど気持ちが悪い描写が続くのに、なぜか目を背けられなくなるのは、岩井志麻子氏の圧倒的な筆力である。彼女が描く物語の空間の中で揺蕩うことが、おぞましくも心地よい。

 決して気持ちの良いストーリーではない。気持ち悪いのに、気持ちいい。そんな表裏一体の部分が、どこかセックスの快感と似ているのである。
(いしいのりえ)

最終更新:2019/08/12 18:30
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