[ジャニーズ新社長、藤島ジュリー景子の素顔]

ジャニーズ事務所・ジュリー氏、6歳からの“後継者”の歩み――知られざるメリー氏英才教育

後継者以外の選択肢を持てなかったジュリーさん、なんだかかわいそうになってきた……

 ジャニーズ事務所の新社長に就任することが決定的とされる、藤島ジュリー景子氏とは、どんな人物なのか――。

 まずは、その半生を振り返ってみよう。

 藤島ジュリー景子氏は、1966年7月20日生まれ。前年の65年は、ジャニーズ事務所の初代グループ「ジャニーズ」が、『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たし、トップアイドルとして人気を爆発させた直後。早くも追っかけファンが登場しており、ジャニー氏が運転する8人乗りのクライスラーを目印に、各現場にファンが押し寄せていたという。

 また同年には、ジャニーズのバックバンドとして、ジャニーズJr.のルーツといわれる「嶺のぼるとジャニーズ・ジュニア」が結成されている。人気グループがいて、その下には次代のスター候補であるJr.がいるという、現在のジャニーズシステムの原型が、この時すでに完成されつつあったのだ。つまり、ジュリー氏のこれまでの年月は、そのままジャニーズ事務所の歴史とともにあると言ってもいい。やはり、彼女以上に後継者に適した人材はいないだろう。

 母・メリー氏もそのつもりで、幼少期から彼女に十分すぎる環境を与え、英才教育を施してきた。

「ジュリーさんは6歳にして、“フジシマ・ジュリー”の名前でフォーリーブスのミュージカル『見上げてごらん夜の星を』に出演。以降、バラエティ、ドラマなどに出演し、たのきんトリオを輩出した『3年B組金八先生』にも生徒役で出演するなど、若い時から芸能界の空気を肌で感じられる環境に身を置いていました。その一方で、中学校は元麻布の『西町インターナショナルスクール』へ進学し、高校時代はアメリカ、大学時代にはスイスに留学。その大学は、叔父のジャニーさんと同じ上智大学と、早稲田大学を卒業。語学に力を入れてきたため、英語とフランス語はペラペラだといいます。これは、『うちの仕事を継ぐなら英語はマスト。だってミュージカルができないから。いい台本は、その国の言葉で読むべきです』(文藝春秋『週刊文春』2015年1月29日号)というメリーの強い信念があっての、教育方針でした」(芸能記者)

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