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夫の自立と妻の自立〜労働とジェンダーが交差するところ/トミヤマユキコ+西口想

2019/06/25 20:00
サイゾーウーマン編集部(@cyzowoman

 人は必ずしも結婚しないし必ずしも子供を産み育てないが、多くの女性にとって恋愛→結婚→出産→育児と続く道は、「仕事との両立」を迫られる過酷なロードと化している。また多くの男性にとって恋愛→結婚→出産→育児と続く道は、家族を養う大黒柱としての重圧とプライドを背負い、転勤だってどんとこいで会社にいっそうの忠誠を誓うとともに、「どうしてあなたばかり仕事に時間を割けるのか」「親なのだから共に子育てすべきだ」と正論をぶつける妻に困惑し、家庭へのコミットも要請される、これまた茨の道。そんなイメージが近年、広く共有されるようになった。

 もちろん夫婦仲良く柔軟にシフトを組み円満に家庭を回す世帯も多数あるはずだが、「うちはこうやってうまくやってますよ~」なんて穏やかなアドバイスよりも、今のところ、怨嗟やいがみ合いが目立って見えてしまうのは、インターネット社会で可視化される声に偏りがあるゆえの特性なのだろうか。

 けれども、それぞれの主張を戦わせ合っていても事態は進展しない。恋愛ハウツーや婚活ノウハウ、効率的な仕事術や家事方法など、様々な情報が個別に流れ人気を博しているけれど、そこに確かな答えなんて何もないわけで。仕事(労働)と恋愛・結婚生活や育児は個別の事案ではなくひとつながりの、つまり同一人物の人生を構成する要素であり、人生はひとりひとりまったく違う。だから昔からきっと、万人に適用可能な正解などなかった。

 そんな2019年、注目したい2冊の本が出た。トミヤマユキコさんの新著『夫婦ってなんだ?』(筑摩書房)は、自らの結婚生活から映画や漫画、小説、芸能人まで縦横無尽に様々な「夫婦」を紐解く「夫婦研究」の本だ。そこには無限ともいえる「夫婦」の多様性が見出せる。

 もう1冊は、職場恋愛=オフィスラブについて小説から読み解いた、西口想さんの『なぜオフィスでラブなのか』(堀之内出版)。「夫婦」になるにあたり、現在でも約3組に1組が職場で出会った相手と結婚しているというデータから着想し、現代日本の労働環境やジェンダー規範を押さえて「オフィスラブ」を研究している。

 著者ふたりは「夫婦」と「オフィスラブ」が交差するトークイベントを4月に開催。その模様を、ここにお届けする。

※本記事は、【『夫婦ってなんだ?』(筑摩書房)、『なぜオフィスでラブなのか』(堀之内出版)刊行記念 トミヤマユキコ+西口想トークイベント】をもとに制作しています。

トミヤマユキコ
ライター/研究者。1979年生まれ。ライターとして日本の文学・マンガなどについて書きつつ、大学では少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講義を担当している。早稲田大学法学部、同大大学院文学研究科を経て、2019年4月から東北芸術工科大学芸術学部講師。著書に『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『大学1年生の歩き方』(共著、左右社)、『パンケーキ・ノート』(リトルモア)がある。

西口想(にしぐち・そう)
1984年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、テレビ番組制作会社勤務を経て、現在は労働団体職員。「マネたま」にて「映画は観れないものだから心配するな」連載中。

『東京ラブストーリー』は本当に悲しい話
西口 僕はトークイベントに出るのが人生で2回目でして。今日は、めちゃくちゃ場馴れしている先輩をお呼びして、何となく安心感を得ようという趣旨でございます。

トミヤマ 本日はありがとうございます。早速ですが、そもそもなんでこのテーマで書くことになったんですか。

西口 『マネたま』というウェブサイトの編集者から「オフィスラブについて連載してください」という依頼がありました。その編集者は実はトミヤマさんとも共通の知り合いで、僕とトミヤマさんとの関係も含めて少し僕の経歴を説明しますね。

 僕は大学で小説や評論を読んだり書いたりするコースにいました。当然、そこには作家志望の学生が多いのですが、学校を出ていきなり小説家になれるわけはないし、ほとんどの人が就職します。ただ、働き続けながらでもやっぱり書きたいよねっていう人たちで集まって『好物』という文芸フリーペーパーを作っていました。そのコミュニティで、当時僕の出身コースの助手だったトミヤマさんと、のちに『マネたま』の編集をする彼と知り合ったんです。『好物』で僕は短い創作や恋愛映画についてのエッセイを連載したりしていて、彼の中では僕は恋愛ものが好きで今は労働の専門家。「あ、オフィス×ラブだ」となったんじゃないかな。

トミヤマ なるほど。『なぜオフィスでラブなのか』は、フィクションについて書かれたものでありながら、労働団体職員だからこその知識も盛り込んであって、実にバランスがいいなと思いました。

西口 「小説の紹介にしてください」というオーダーがよかったかなと思います。書評だと、いきなり自分語りとか始まりにくい。「俺がテレビの仕事をしてたときは……」みたいなこと言われると、結構うわーってなると思うんですよ。

トミヤマ 「自分語りキモー!」みたいなことになりかねないということですね(笑)。小説はもともと読んでいたと思いますけど「オフィスラブ」であることを意識して読んでないでしょう。お仕事小説として名の知れた作品を選んで、そこに出てくるラブについて書くやり方もあると思うんですけど、全然そういうラインナップじゃないですよね。最高なのは、雪舟えまさんの作品が出てくることなんですよ。ここだけでも超すごいと思って。

西口 ありがとうございます。雪舟えまさんは独特の世界観を持たれた天才的な歌人であり小説家ですよね。

トミヤマ このチョイスはやっぱり西口さんの個人的な読書体験から来てるんですか?

西口 自分の好きな作家だけでいけるかなと思って引き受けたんですけど、一から探し直した感じです。「オフィスラブ」という小説の分類は存在しない。そもそも、こういうふうにオフィスラブについて考えている本ってないんですよ。家族社会学でアカデミックな論文はいくつもあるんですが、一般向けだと、恋愛カウンセラーによるオフィスラブ指南本くらいで。そうならないように気を付けて……。なんか、いかがわしいじゃないですか、「オフィスラブ」という言葉自体が。

トミヤマ 西口さんがオフィスラブという言葉に抵抗感を持っているんだなっていうのは読んでて分かりました。私は「恥ずかしくて死ぬ!」みたいな感じじゃないんですよ(笑)。食パン、コンビニ、オフィスラブみたいな感じで、別にっていう。

西口 日常風景!? オフィスラブですよ?(笑)声に出すとものすごいやばい感じがするんですよ。そんな自分の「オフィスラブ」イメージの源流を探求している本でもあります。そのひとつは職場結婚をした僕の両親で、もうひとつはテレビドラマなどのメディアからの影響です。特に小学生の頃にこっそり観ていた『東京ラブストーリー』。この本で原作漫画を取り上げた章では、トミヤマさんの評論(「労働系女子マンガ論!」第7回「『東京ラブストーリー』柴門ふみ 〜「カンチ、セックスしよ!」の向こう側にあるもの(前編)」)も引用させてもらいました。

トミヤマ ありがとうございます。私は成人女性向けの漫画を研究していて、特に女性労働がどのように表象されてきたかに興味があるんですが、『東京ラブストーリー』の名台詞として知られる「ねえ、セックスしよ」は、ドラマと原作で全然ニュアンスが違うんですよ。原作がほんとに悲しいんだ……。まさに労働系女子の悲哀です。そこを西口さんはリカとカンチとのオフィスラブに着目して分析していたのが面白くて、改めて読み返したくなりました。

トミヤマユキコさん
ママというアイデンティティへの興味
西口 トミヤマさんの新刊『夫婦ってなんだ?』は、もともと『ちくま』で連載されていたとき、知り合いの編集者が、僕とトミヤマさんが友達だとは知らずに「この連載がすごく面白いんですけど、なんか西口さんの書くものと面白さの種類が似てるなって思いました」という連絡をくれて。

トミヤマ 嬉しい! 姉弟本っていうか、お互いがお互いの副読本みたいになっていったらいいですよね。例えば『夫婦ってなんだ?』にママタレのことを書いた章があって、ママタレはすごい前面に出てくるけど、そのママを支えているはずのパパはあんま出てこないことのほうが多いっていう。イクメンよりママタレのほうが人気があって、俄然、前景化してるなみたいなことを書いたら、西口君も。

西口 津島佑子の『山を走る女』を論じてるところで、ママというアイデンティティが不思議であるっていうことを書いていて、一緒じゃんって思いましたね。

トミヤマ そういうところは私と興味関心が似てましたね。私の本に出てくるある妊婦の友達は、SNS上で本アカとは別のプレママ(妊婦)のアカウントがあることを旦那さんには一切言ってない。で、プレママアカ同士で互いに会ったこともない人のアカウントに「逆子治るといいね」みたいなメッセージを送るんだと言っている。じゃあその旦那さんたちがプレパパアカを作って、おたくの奥さんの逆子治るといいねみたいなエールを送っているかというと、多分やってる人は少ない。

西口 裏アカなのは、ママであるという当事者的な意味と、夫とつながっちゃうと夫への愚痴は書けないということが大きいんでしょうね。これはSNSだからって思いがちだけど、『山を走る女』(1980年)の時代にもママというアイデンティティはやっぱり問題になっていた。

トミヤマ ここは興味関心が完全に重なっていて面白かったですね。

西口 トミヤマさんの本で面白いのは、芸能人に対する視線が独特なんですよね。すごいミーハーなように見えて、なんかちょっと距離があるんですよ。

トミヤマ 昔から芸能ゴシップが大好きなんですよ。私のミーハーってかっこいいとかすてきとかじゃなくて、小学生のときからノートに、芸能人の本名とか、実家は何やってるかとか、そういう一覧表みたいのを書いてて、ミーハーの種類が完全に芸能ゴシップ記者と同じなんですよ(笑)。

西口 小さい頃から職業的な探究心がやばい(笑)。でも、芸能人のSNS分析もそうですけど、幻想であるということを踏まえて書いてるところが非常に面白いです。

トミヤマ 仮面夫婦でも、本当のおしどり夫婦でも、別にどっちでもいいんですけど、世間に対してどう見られたがっているのかを探るのがすごい楽しいんですよ。有名人夫婦に関して、この本で一番楽しく書いたのは加トちゃんと綾菜の「年の差夫婦」の章なんですけど、みんなマジでここだけでいいから読んでくれ。

西口 あそこいいですよね。なんで夫婦について考える連載を始めたんでしたっけ?

トミヤマ 『夫婦ってなんだ?』の最後に載っていますが、「付き合ってはいけない3B」についての原稿を書いたのがきっかけですね。3Bとは美容師、バンドマン、バーテンダーですが、私の夫はバンドマンで、付き合うどころか入籍してるわけですよ。バンドマンって基本的にはファンに夢を売る仕事なので、プライベートのことを発信しない人が多い。ファンを大事にするためには仕方ないけど、その結果、妻や子どもは存在を消されてしまう。そのことを書いたら、担当の山本さんに面白がってもらえて、「夫婦」ネタで連載することになりました。

西口想さん
「普通の夫婦」は幻想なんだよ
西口 オフィスラブも夫婦も経済的な側面、ラブというより金の問題がべったりくっついてくると思いますが、『夫婦ってなんだ?』では、夫婦でいるための秘訣として自立していること、ひとりでも立っていられる人が2人で一緒にいられるんだという一文があって、それは本当にそうだなと思うんですけど、でも一方で、労働環境めっちゃ厳しいじゃないですか。職場で困っている人の話を聞くのが僕の本業なのでよく実感するんですけど。

 自立しろってこちらが言うのはすごい酷でもありますよね。ひどい職場や取引相手に当たってしまうかもしれない。精神的な自立が一番大事ですが、それには経済的な自立が重要になる。だけど誰もができるわけじゃない。一方で、経済的に自立していても精神的に自立してない人もたくさんいる。

トミヤマ 経済的自立はできればしてほしいけど、難しかったら精神的な自立をまずは優先してほしいですね。西口君と私に共通してる、私たちがなぜこういうものを書く人間になったのかということの根幹には、家庭環境がありますよね。西口君の本で最後にご両親のことが出てきますけど、西口君は経済的にも精神的にもめちゃくちゃ自立してる母親が育てた男の子なんですよ。だからこういうものが書けたんだなと。

 私は、母がいわゆる専業主婦なんですけど、ものすごく精神的に自立していて。お父さんに食べさしてもらって申し訳ないとか1ミリも思わず生きているんじゃないかっていう人で。謎に強くてカッコいいんですよ。私がこういうふうに夫婦を書けたのは、うちの両親が「夫婦とはこうあるべし」とか「こういう夫婦がいい夫婦、ユキちゃんも真似してね」みたいな感じではなかったことが大きかったと思う。

西口 僕も自分の家族観っていうか夫婦のモデルは、共働きだった両親に原型があると思います。でも働き続けるのは女の人のほうが明らかに不利なんですよ。妊娠出産とかすると、いきなりハラスメントされたりするし、昔は結婚退職を前提に採用されてたとか、そういう非対称的な、労働とジェンダーが交差する問題に興味があるから、それが恋愛に及ぼす影響を自分の実体験に照らして考えがちです。

 結婚に関してもそうで、自分が恋愛結婚するにしても相手に離婚する自由がある状態のほうが望ましいだろうと思ってきたんですよ。だからこそ女性も食い扶持を確保しておくべきだと思っていて。でもそういう話をすると、「離婚するために結婚するの? 意味が分からない」と言われることが多い。ふーん、と思いつつ、そういう気持ちも確かに分かる。やっぱり「運命の人」と結ばれるのが結婚でもあるじゃないですか……(照)。

トミヤマ なんで照れたの(笑)。

 私は未来に起こるであろう「最悪のケース」を考えて、そこから逆算するタイプなんです。結婚するときも当然、離婚、死別、あとバンドマンなんでよそに女いるみたいなことも含めて、あらゆるケースを想定してから、よしOK、心の準備ができたから結婚しよう! みたいな。悪いことも含めて考えてることこそが、「運命」で結婚した相手への思いやりだと思うんですよね。

西口 お、名言……(笑)。

トミヤマ いや、名言か分からないけど(笑)、相手も自分も傷が浅いほうがいいから、最悪のケースを予め想定しておくって、悪くないんじゃないですかね。人生のパートナーとして考えた場合に、コンビ別れになったとしても、いい結婚だったな、じゃあね、みたいに言えたらいいなっていうのは常に考えてます。それはあんまりラブっぽくないかもしれないですけど。

 夫婦やオフィスラブに関する言説は世の中にあふれてますから、ある意味ではみんなが夫婦評論家、オフィスラブ評論家になれるはずなんですけど、案外こういう形でまとめている本はないですよね。

西口 自分でソートしたからまとまったものになったっていう気が、今しました。トミヤマさんの本も、夫婦の本としては変ですよね。夫婦というイメージを壊しにいく本でもある。いわゆる普通の夫婦みたいなものが幻想なんだよっていうか、フィクションの中でも実は多様な夫婦像が描かれているのに、何となく普通の結婚、普通の夫婦というのはこうだからと内面を規範化していることを指摘しています。そのもとになっているのは、映画や漫画、芸能人などの大衆的なイメージと物語ですよね。そういうのをつぶさに見ていくことで、別に「普通」ってないんだよということを探求してる本で、そこが非常に面白い。

トミヤマ この本を足がかりに、読者のみなさんにも考えてみてほしいですね。これが別に決定版なわけじゃない。オフィスラブもそうですよね。本を読んだ後は、自分でサンプルを見つけてきて、分析してほしい。きっと面白いですから。

『なぜオフィスでラブなのか』/『夫婦ってなんだ? 』

最終更新:2019/06/25 20:00

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