精神保健福祉士/社会福祉士・斉藤章佳さん×ライター・姫野桂さん対談(前編)

「万引き依存症」と「発達障害」の生きづらさとは? ひとごとではない問題の実態

2018/10/18 15:00

万引き依存症と発達障害に見られる“認知のゆがみ”

姫野 依存症になる前に万引きをやめられる期間はごくわずかで、みるみる頻度や量が増えていくと、ご著書にありますよね。そのキーのひとつには「これくらいなら盗んでも問題ない」などの“認知のゆがみ”があるとも。また万引き依存症と実は関係の深い物質依存として説かれているのが、摂食障害でした。摂食障害患者は、いくら痩せても「鏡に映る自分は太っている」と捉える。これも認知のゆがみなのですよね。

斉藤 万引き依存症と摂食障害には似ているところがあって、要は自分で責任を取らない依存症というふうにもいえます。つまり、何かを手に入れるためにお金を払うという行為は、財産が減るという責任を負う行為です。同様に、食べるというのも、太る責任を負うということです。……脱線しますが、高校から大学にかけて、私は摂食障害のサインともいわれるチューイング(食物をかんで、飲み込まずに出す)にのめり込んでいた時期がありました。

姫野 先生がですか? チューイングという行為を、ご存じだったのですか?

斉藤 いえ、当時は知りませんでした。プロサッカー選手になりたくて、高校時代ブラジル留学していた時期があるのですが、現地のコーチに「体重と体脂肪を徹底的にコントロールできてこそ一流の選手」と、しつこく刷り込まれたことがきっかけでした。咀嚼して口から吐き出すというのは、まさに太る責任から逃れるための対処法ですね。それと同じで、万引き依存症は、物を得るために当然払う必要のあるお金を払わないことで、一時的に責任回避するという行為です。そして再び現実が目の前に来たら、同じように責任回避としてのアディクション問題を繰り返す。ただ依存症患者の認知のゆがみを修正するには、日々の習慣を地道に変えていく作業しかないです。この点については、発達障害のケースとはまた異なるかもしれませんね。

姫野 たしかに、発達障害の脳の特性は先天性のものです。つまり「自分は周りの人と同じようにできない」などの失敗体験が積み重なることによって、認知のゆがみが起こり、その中で生きづらさを感じることで二次障害化するケースが多いです。

斉藤 私は万引き依存症における認知のゆがみを“問題行動を継続するための、本人にとって都合のいい認知の枠組み”と、自著でも定義しています。万引きを始めた時点では、まだゆがみは見られない。しかし万引き行為が常習化しエスカレートしていく中で、万引きを続けるために、自らに都合のいいように現実を解釈することが、実は徐々に認知をゆがめていく。万引き依存症は、学習された行動ということです。

姫野 認知のゆがみによって、一時的には生きづらさから逃れられたようでも、結局は余計に自らを生きづらくしているのかもしれない。そういうメタ認知(自分の行動・考え方・性格などを別の立場から見て認識する活動)ができないのが、発達障害や万引き依存症の生きづらさなのかもしれませんね。

(門上奈央)

(後編へつづく)

斉藤章佳(さいとう・あきよし)
精神保健福祉士・社会福祉士/大森榎本クリニック精神保健福祉部長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなどさまざま々なアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践・研究・啓発活動を行っている。また、大学や小中学校では薬物乱用防止教育など早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、全国での講演も含めその活動は幅広く、マスコミでも度々取り上げられている。

姫野桂(ひめの・けい)
フリーライター。1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをし、編集業務を学ぶ。卒業後は一般企業に就職。25歳のときにライターに転身。現在は週刊誌やWebなどで執筆中。専門は性、社会問題、生きづらさ。 猫が好き過ぎて愛玩動物飼養管理士2級を取得。

最終更新:2018/10/19 17:41
万引き依存症
結構都合のいいように解釈してるかも
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