カルチャー
[官能小説レビュー]

“ピンサロ商店街”で初恋の人に再会――昔には戻れない男女が抱く「身勝手な願い」

2017/07/03 19:00
『欲望狂い咲きストリート』(実業之日本社)

 地元を思い出すと、ふと目を背けたくなるのはなぜだろう? そこには若かりし頃の自分の、あらゆる思い出が残されている。物心つく前の恥ずかしい思い出はもちろん、初めてできた恋人と過ごした公園や、中には処女を喪失した時の場所など“初恋の思い出”がある人もいるだろう。

 まだ幼かった自分が一所懸命生きた場所だからこそ、恥ずかしく、けれど懐かしくて胸を締め付けられるようなノスタルジックな感覚になる。そして、できればずっと、昔と同じ姿で永遠に残されていてほしいというワガママな期待を抱いてしまう。

 今回ご紹介する『欲望狂い咲きストリート』(実業之日本社)の舞台は、東京から少し離れた「地元」。主人公の岸本が地元に帰ってきたところから物語が始まる。今ではシャッター通りになってしまった商店街の中に、岸本の両親が営むクリーニング店があった。東京でキャバクラにハマり、借金を作ってしまった岸本は、親に借金を肩代わりしてもらう代わりに、クリーニング店を受け継ぐ約束をしていたのだ。

 寂れた商店街には馴染みの顔ぶれがあった。いじめられっ子だった幼馴染の野呂は、今では立派に商店街再生委員会の会長として仲間を牽引していて、岸本にとって初めての恋人であった琴子は、スナックを経営していた。何の将来性もなかった商店街だが、ひょんなきっかけで何軒ものピンサロがオープンし、その様子は徐々に変化してゆく。岸本の店はピンサロで使用するリネンのクリーニングを任され、料理店にはピンサロの客が入るようになり、野呂の弁当屋もピンサロに配達するようになってパートを雇うまでに活気付いた。「まるでピンサロ嬢に食わしてもらっているみたいだ」と複雑な思いを抱く、岸本をはじめとした商店街の人々。そんな、あらゆる人が行き交う“ピンサロ商店街”で、とある事態が起こるのだが――。

 この物語のキーとなる人物が、岸本の恋人だった琴子である。18歳の頃、岸本に処女を捧げてから12年が過ぎ、学生時代は嫌っていた母の職業である「スナックのママ」となった琴子は、ヒモまがいの、ろくでもない男とズルズル付き合うような女になってしまった。

 10代の頃には「一緒に東京へ行こう」と約束までした2人のラストシーンには胸が締め付けられる。長い歳月が過ぎた彼らの関係は決して昔には戻れず、現在の2人の立場の上で、それぞれの選択をするのである。そこには「永遠に相手が昔のままでいてほしい」という、身勝手でささやかな願いが込められているように感じられる。

 地元、そして初恋の人というのは、ずっと心の中で美しい思い出として残しておきたいものだ。本書は、そんな初々しい自分や、当時の記憶が残された地元を思い出させて、センチメンタルな気分にさせてくれる。
(いしいのりえ)

最終更新:2017/07/03 19:00
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